酸素不足



ふっと小さいため息がもれた。

大好きな人といても心が晴れない。

目の前のことより、頭は違うことを考え始める。



本日何度目かのネガティブな妄想を払うために、私は何もう一度ため息をついた。



真っ白なお皿を真っ白な泡で包み込み、

洗い流せば、真っ白な布巾が待っている。

ただそれだけの単純作業。


それが救い。



ため息がとまらない。



視線が自分の目の高さより上にいかない。

上を見たくないってことのあらわれだろうか。

お皿を高い棚にしまおうとして、仕方ないからあごを思いっきりあげた。

半開きになった口元が、さぞかしマヌケに見えるだろうけど、

彼に背中を向けているから。







ときどき、人との付き合いが面倒くさくなる。






元気のない時、「どうしたの?」

って聞かれることが苦痛だった。


その問いは、私をウソツキにさせる。


「大丈夫なんでもな」くはないし、

「普通」でもないし、

ましてや理由を話せるほど元気ではないのだ。



どうせウソツキになるならば、

最初から完璧な笑顔を浮かべていたい。


そうすれば、全てを悟られることもなく―。












付き合い始めたころは、

もちろん彼にだって、そんな自分は絶対に見せたくない。

見せられないと思っていた。



(慣れ、ればお互い下着姿でうろうろできる、とか。

それと似たようなことなのかなぁ)



ふう……


何度目かのため息を吐きながら、振り返って彼に目をやった。


彼は私のことなんか全然関心がないみたいに、パソコン画面を見ながらなにやらニヤニヤしていた。


細長い指、切れ長の目、整った鼻。

テーブルに放り出した長い足。



ずるい。


憎らしくさえ思っていたのに、彼を見たとたんに緩んでしまう。



ああ。


結局、

私はこの人がやっぱり好きだ。




(ここにいてくれるだけで、少しずつ癒されてるってことなのかな)








理由を聞かずにいてくれることがありがたいと思うし、

少しは気にして欲しい嫉妬もある。



食器洗いを終え、やることがなくなって彼の向かいに座った。

彼を見ているだけで癒しになる、というのはきっと事実だと信じた。

気持ちとは裏腹であったとしても。





「楽しそうですね」




嫉妬は隠して、

小さな問いかけ。


我ながら抑揚のない声。

でも、嫌味も悲しみも含んでいないなら、その方が幸せだ。




「うれしーんだよ。

 新記録更新中」




彼は画面から目を離さず言った。






「なんの記録ですか?」







私は少しだけ首を傾ける。







「……ため息」









パソコンから顔をあげた彼と目が合った。




「外じゃやらねえのになぁ」



きっと、私の目は丸くなった。


目の前には、相変わらずニヤニヤした彼。





「……そういうことを面と向かって……」











言葉につまった私は、かわりに口をとがらせて、

彼に向かって、細く息をふきかける。



「ふぅ〜」


彼がキーボードを叩く。


「36回」





「ふぅ〜」




「37回」





「ふぅふぅふぅふ」




「てめぇ今の何回だよ」


「ふぅふぅふぅふぅ―……あはは」




慌ててキーボードを叩く彼がおかしい。





気が付くと、ほら。

作った笑顔なんかじゃない、

けれど、

泣き笑いになった私。




エネルギー補給完了、

But、

酸素不足。





「はぁ〜」


吐き出した分、思いっきり息を吸い込む。




「もう全部出しちゃいましたから。

 大丈夫です」 






年下の彼ってこんな感じ?(年下経験ないスけど)
「笑みは何より強い」が前世も今も主人公の信念です。



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