雨の中の太陽
嫌な色の雲が、とうとうこらえきれずに女々しく雨を降らせはじめた。
天気予報は外れたのに、人々は傘を持っていて、各々に広げ始める。
この程度の雨なんて、気にすることもない。
しかし、家まではまだずいぶん距離があった。
このままいけば、家に付く頃には濡れ鼠になっている自分が容易に想像できる。
「ケッ!どうせ降るなら一気にどかっと降りやがれ」
口をついて出た悪態を、雨音が静かに消し去っていった。
この道は、下水道を感じさせる。
じめじめした湿度がそう感じさせるのか、妙な薄暗さのせいか。
雨雲に弱らされた光は高架線の下を照らすには不十分だった。
電車がくもった缶切り声をあげて過ぎていった。
二月の雨は少しずつ、しかし確実に体温を奪っていく。
かじかむ右手の指をかばうように、近くのコンビニに逃げ込んだ。
そこは、外の比でなく、じめっとしていた。
暖房で不自然にあたためられた空気が、不快に体にまとわりついてくる。
イライラして、早足で狭い店内を一周した。
購買意欲をあおる新商品。
たいていの物はそろう雑貨。
それから、入り口付近の傘の配置。
コンビニ自体は何も変わらないはずなのに、今日は全てが気に入らない。
結局、一度手に取った傘を乱暴に戻し、そのまま店を飛び出した。
再び、冷たい空気が体をなでていった。
少しほっとして、顔をあげると人の群れの中に一つ、真っ赤な傘が目に入る。
色ももちろん目立ったが、興味を持ったのは、他とは違う動きをしていたからだ。
おそらく、持ち主が一歩踏み出し、着地するのにあわせて傘もかるく上下しているのだろう。
ちょうど、日本の某球団の応援のような動き。
もしくは、小さな子供はこんな歩き方をするのかもしれない。
傘が陰になっていて見えないが、持ち主は女らしかった。
とはいえ、傘から推測する高さは小さな子供のものとは思えない。
気になって、目はゆがんだ赤い円をおいかける。
すると、ちょうど赤信号で立ち止まった赤い傘から、見覚えのある顔が飛び出した。
それは、車道の信号を見上げた後、必要なんかないのにこっちを見た。
俺に気づいて、傘ごと手をぶんぶん振り回して近づいてくる。
「こんなところで会うなんて偶然ですね〜」
「てめぇこそ何でこんなとこにいやがる」
「……ちょっと研究室の子たちと、会ってて」
「んなヒマあったら勉強しろ糞教師」
「……あは……まさか生徒に言われるとは思いませんでした…」
彼女は何故か照れた様子で、傘ごと少し首を傾けた。
「…なんだか久しぶりの雨だし。
疲れますね。」
「――主語は雨、じゃねぇんだろ?」
「…ええへ。当たり〜。
「女の子」ってありがたいけど、少し疲れるんです。
「全員」参加の会話。情報交換、流行のさぐりあいでしょ。」
「…それから、否定なしの雑談。無意識の他人の評価。
自分と相手の位置関係、もしくは全体での順位づけ………
……ってまた蛭魔さん相手に愚痴っちゃいましたね」
彼女は、一息でそこまで言い切った。
よっぽどうんざりしていたようだが、笑顔はくずさない。
笑って生まれてきたような、そんなカオ。
「……もしかして、傘なし子ですか?」
唐突な切り口に一瞬怯んだが、こちらも表情を変えることはしない。
「ケケッ!相合傘してくれねぇのか?」
彼女はバックの中身をさぐる、自然にうつむいて顔を隠しているようでもあった。
「いえ、相合傘はさすがにマズいですから。
――もう一個持ってて良かったです、ハイ」
白い折りたたみ傘をオレの腕に押し付けると、そのまま背を向けて歩き出した。
赤い花が一瞬に咲いて、彼女の姿を隠す。
「糞教師!……傘、998円!」
また上下を始めていた赤が、一瞬びくっと止まった。
柄についたままの値札をはがしにかかっているのだろう。
雨の中に小さな赤い太陽。
不自然だけれど、度をすぎれば潔く感じた。
「必要ないのにこっちを見た」あたりに運命感じちゃってました。ハイ。
めっさ欲しかった赤い傘を見つけて衝動買いしちゃって、雨降ってきたのでちょうどいいと
折りたたみ傘持っているのに買ったばかりの傘を値札も取らずにさしちゃったというお話。
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