右手


休日の電車も、二人で出かけることも久しぶりだった。

とはいえ、蛭魔さんは席についたとたんに足を組み、最初は新聞に目を通し、その後は雑誌に(英語だが、アメフト関係のものらしい)夢中だった。

私は、見慣れない電車からの風景に目を奪われていた。

右へ左へと不規則に曲がる電車の動きも、全てはレールの上のこと。

仕組まれてるみたいで、なんだかおかしかったのだ。



しかし、三つ目の停車駅で乗客が増え、風景を見ることは叶わなくなった。

かわりに、持ち歩いている手帳に目を通す。

(さ来週は、レポートが二つ。こっちのは時間がかかりそうだから来週から準備しとくとして。……そうそう、次のゼミは私が発表者だった。これも来 
週あたりから資料集めないと……)

電車の揺れを見計らって、手帳に書き込んでいく。

予定なら、どんなに細かくても書いていくから、あっという間に手帳はびっしりと埋まっていく。

憂鬱になる瞬間だし、でも存在意義を確認して、安心する瞬間でもある。

「………ふぅ」

ため息を一つついて、ペンを手帳と共にバッグに入れた。



突然、横に座っていた蛭魔さんに右手首を掴まれる。

「え?」

しかし、彼は表情を変えることなく雑誌に視線を落としている。


「……なんですか?」

答えは与えられないままに、掴まれた右手首を持ち上げられた。

私の肩よりも高々と持ち上げられたところで、体勢が崩れて前のめりになる。

「わわわ」

転がる一歩手前で前のめりになって立ち上がった。


説明もなしの彼の突飛な行動に、不平を言おうと口を開く。


「ドウゾ」


彼の目の前にいた女の人に言葉がかけられた。

その行動は、どう考えても「私を立たせて、彼女に席をゆずった」ということ。

…………私の中に芽生えたのは、嫉妬の心。



その女性が私の方を向くと、つややかな黒髪が揺れた。

肩よりも長い髪は、束ていないのに、妙に涼やかな印象だった。

それは、彼女の肌が白いからかもしれない。


その白い肌に形の良い、けれど一つ一つは小さく、主張しない目鼻があった。

私と対照的な顔立ち。

私の顔は、目と口がハバを聞かせていて、ヨーコちゃんに言わせると「何もない面積が少ない」らしい。

彼女は、私と目が合うと、ふんわりと笑った。

薄い唇は彼女の穏やかさを象徴しているようだった。

私は、あんな風になれない。

そう見せ付けられているようで、嫉妬の炎は消え、反対に落胆のあまりに私はうつむいた。



途端に、視界にその人の不自然なお腹が目に入ってくる。

「……!

 ああ!……気づかなくてごめんなさい。どうぞ」

「…………えっと……でも」

彼女は雑誌に夢中(にみえる)蛭魔さんに視線を送った。

連れがいるのに、いいのか。という確認なんだろう。


「もうすぐ降りますから」


「…それじゃ、どうもありがとう」


その女性は少しだけお腹に気を使うように、ゆっくりと座った。


「ごめんなさい、気づかなくて。

 ……ありがとうございました」


私が蛭魔さんに言うと、彼はやっぱり雑誌に夢中で聞こえないフリを決め込んでいた。


「……うふふ。変なの」

「……え?」


「席をゆずったのはあなたなのに、カレシに御礼を言うのんだもの」

「……?

 変ですか?」


「ええ。」


私たちは顔を見合わせて笑った。


「私だったらこうしたい、って言うのを知ってるんですよね。

 それで正しく導いてくれるんです」


私の言葉にうなづくのは蛭魔さんではなくその女性だ。



「ほら。役割分担みたいな感じです。

 私が気づかないところを知らせてくれて、

 逆に彼ができないことを私が。……ほら、この人照れ屋だから!」


「…あはははは」

横の蛭魔さんを気にしつつも、彼女はとうとう声をたてて笑った。

まわりの乗客さえも、一生懸命笑いをこらえているのが分かる。

うむ。成功。掴みはオッケー。


当のテレ屋さんはうつむいていて、表情は分からないが、肩が小刻みに揺れている。

半分怒っていて、そして半分は勿論、照れているのだろう。




「…………降りるぞ」

彼の言葉とともに、タイミングよく電車の扉が開いた。

慌てて追いかけるが、ホームに降りた彼の背後には予定よりも一つ前の駅名。


「蛭魔さん、間違ってますよ。

 降りるの次の駅ですよ」

彼を引き戻そうとして、私は右手を伸ばした。

その右手首をつかまれた。


「うるせぇ!用事思い出したんだよ!」


発車のベルと共に勢いよく腕を引かれ、彼と同じホームに降りた。

そのまま、私の手を引いて彼は歩き始めた。



「………ったく、席なんかゆずるもんじゃねぇ」

(雰囲気がいたたまれなかったなら、そういえばいいのに。)

素直じゃないなぁ、とは口には出さずに、かわりに私は笑った。





彼は、いつも私を正しく導いてくれる。

だから、これもきっと正しい選択。


「丁度よかったです、この駅の近くに行ってみたいお店が……」






最近の妊婦さんはお腹がわかりにくい!
出産した友達に聞くと、「結構厳しい体重制限かけられて辛かった」と。
(一応)夢小説なんか書いてますが、私の性格は蛭魔さんよりです。
……ということは?(ニヤリ)



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