勝負!


「ええええええ!何でぇぇ!」

4thダウン。ファーストダウンまで、残り12ヤードでのパス。

相当距離があるから当然パントが飛んでくるものだと、辰巳和華は完全に油断していた。

ランアフターキャッチで相当進まれて、今度はタッチダウンの危機。




 二人がやっているのは、アメフトのTVゲームだった。

 NFLのプレーヤーがそのまま登場するゲームで、和華はそれを見つけたとたん衝動買いをしてしまった。

攻撃や守備でも作戦を出し、パスをキャ ッチするのも走るのもできるのが魅力的だった。

デビルバッツで指揮官をつとめている蛭魔に少しでも近づきたかった気持ちもあったのかもしれな い。

「ゲーム機本体がないとプレイできない」と知ったのは家に帰ってからだった。

 ショックのさなか、高校時代からの洋子に相談したところ、『3を買ったから2あげる』というありがたい返事をもらい、PS2本体を借りてきた。

いざ、はじめてみると説明書から英語だらけ。
しばらくは辞書とにらめっこしていたが、コントローラーのボタンの多さにも負けて、結局当人を頼ることになった。



「なななな!蛭魔さん手加減してください!」

「お遊びがしてーんならCOMとでもやってりゃいいだろ」

「だって味気ないんだもの〜!」


彼も初めてプレイするはずなのに、その順応性は恐ろしかった。

和華はなんとか裏をかこうと、横にいる彼の表情を窺う。

ニヤリ、と唇の端をあげ、逆にこっちが観察されているようだった。



「ちょちょちょ、ノーハドルはダメ!」

「タッチバックしないんですかぁあああ!」

「……テメーは普通の試合を見すぎなんだよ」


もはや彼女には普通が分からなくなっていた。

金串くんの気持ちが分かる気がする、とふと思う。

「進歩ねーな」

「ううう…ゲームなら勝てると思ったのに」

彼が上手くなっていくにつれて、逆に彼女は下手になっていった。

「Lってどっち?
 L2ボタンてどれですかぁぁ!」

そう叫びながら、また彼女の敗北が決定した。


「Ya-Ha!10勝!二桁勝利!」

蛭魔は満足気にコントローラーを投げ出した。

「0勝10敗……ううう…

 ……もう一回!もう一回だけ!」


(1度くらいは勝ちたい、勝利の気分に浸りたい!)

そうして、蛭魔にもう一度コントローラーを握らせようとする。


彼は少し思案した後、不敵に笑って言った。


「次の勝負負けたら、一日奴隷な」






スポーツメーカーの新作展示会は、大きなイベント会場で行なわれた。

大手メーカーから、技術力のある老舗も参加している。

アメフトに関わるものもあるはずだが、和華がそれを見ているわけにはいかなかった。



「いらっしゃいませ〜!」

イベント会場の隅で辰巳和華はお弁当を売っていた。

軽食などを売る店が狭いところに集められて、イベント会場に来る人たちのお腹を満たしている。

その中にあって、他の店舗がいかにも「お金のため」のフリーターや、おばちゃんたちが勤めている中にあって、この賑やかな20代前半3人組は
目立っていた。



「ほらほら、テンチョーもそんな無愛想してないで」

「うるせ。……誰が店長だ」

「ユウ店長」

和華が即答すると、ユウは真っ赤になって怒った。

「テンチョー」

ヨーコも面白がってそう呼ぶ。

……今度もユウは顔を赤くしたが、照れていることが分かった。

言う人を選ぶ言葉らしい、彼にとっては。




午後3時。イベント会場もだいぶ落ち着いていた。

全員が見るべきものは既に見て、帰る人数も増えていく。

3人にも余裕が出てきていた。




人気の飲食店では品切れも出ている。

ユウの店も、最初こそ「若造の信用ならない店」的な決めつけがあったものの、

そこはヨーコの瞬時のマーケティング調査と、和華のモノマネ集客により、お弁当完売。



ヨーコもユウも愛想振り撒くタイプではない。

更に、人ごみが得意でない彼らは、売切れるや否や。

「完売御礼」の札とでっかく書いた店の宣伝を出して休んでいた。


売れ残ったコーヒーを飲みながら、ヨーコがつぶやく。

「でも、いい場所だったわよね」

「……何がですか?」

「そりゃ誰かさんに売り上げ半分計上はイタイけど、もともとうちの顧客層、サラリーマンに宣伝できたのは大きいし」

さすがユウの店の経理担当だけあり、しっかり商売人をしている。

「和華のおかげで来年も出せそうだし」

「あはは。つい」

和華もかなり人見知りをする方である。

ところが、彼女の場合は「それなら知らない人がいないようにすればいい」と、とりあえず周辺に挨拶をしまくった。

会場の店舗を取り仕切っている大元にも面識が生まれ、他の飲食店にも何度となく顔をだし、気づけばまわりから歓迎され、「来年もぜひ出店を」
と求められるまでになった。。


……狭い場所に3人もいて狭すぎ、弁当をビニール袋に入れるユウ、レジのヨーコ。和華だけ途中からやることがなくなったというのもあるが…。



「おー働いたか1日奴隷」

耳慣れた声に振り向けば、両手に紙袋を沢山抱えた蛭魔がいた。

「蛭魔さん!」

「チッ。来たか」

「……来なくていいのに」

和華の歓迎する声に反して、二人は舌打ちし、顔を背けた。



何を隠そう、ここに出店する原因はその人だった。

一日奴隷としての指令は、「バイト」で、ユウとヨーコも巻き込んで慣れない出店をすることになった。


「もう!全然顔出さないから忘れちゃったのかと思いました」

「……そうそう、忘れてていいのに」



「私はいいですけど、ちゃんと二人にはお給料上げてくださいね?

 おばあちゃんにお店任せて、こっち手伝ってくれたんですから」


和華はそう言って、既に洋子がつけた売り上げの帳簿を渡そうとした。

すると、何も持っていない左手を掴まれる。

「ちょっと来い、一日奴隷」

「わ。待ってください、片付けが〜」





「いってらっしゃ〜い」

「いいのか?いかせて」


「ったく、男って素直じゃないんだから」


「…?」


「普通にデートに誘えばいいのに。

 まあ、うちとしては手っ取り早い現金収入が生まれてうれしいけど」




そんな会話は聞こえていないだろうが、

まばらな人ごみを掻き分けて、つながった左手に引っ張られるまま歩き、和華は「なんかデートみたいですね」言った。


その言葉に、彼は思わず手を離す。

一瞬、不満そうな声をあげた後、

「このくらいのご褒美下さいよ」

再び、彼の手首を掴みなおした。



そのまま、視線で合図されて、ベンチへと移動する。

座っているように言われて、紙袋を渡された。

ちょっと覗くとパンフレットやらが目に入る。これに全部目を通す気だろうか…。

少しめまいがして、顔をあげる。窓からは夕焼けが見えていた。


「ほら」

絶妙のコントロールで投げられた缶を胸の前で取った。

手に伝わる冷たさが心地いい。

「ありがとうございます」

彼が飲むのを見てから、口をつけた。

コーヒーはちょっと苦かったけれど、同じものを飲んでいるというのが和華にはうれしかった。




「収穫はありましたか?」


「まあイロイロな」


言って紙袋を指差す。


「プロテクターの新作とか。

 日本じゃまだ許可下りてねーけど、そのうち出回るんだろ」


「良かったですね」

彼女は単純に、思ったままを口にした。





「また、勝負しませんか?」

「凝りねーな。もっと修行してこいよ」


「ハイ。だから来年。

 私が勝ったら、来年のイベントは……

 蛭魔さんと一緒に回りたいです」


「……」



長い沈黙の後、

「勝ったらナ」と彼は笑った。


ふう、ものすごいしょっぱなからの誤字…バレた?
いやいや、バレてないことにしとこ。
こっそりこっそり直しました。



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