another story
「おめでとう」「綺麗ですね」「お幸せに」
今日一日擦り切れるほど使った言葉……もう言いたくない。
もしこの場に洋子ちゃんがいたならこう言うだろう。
「みんな、本当に幸せそうだったから嫉妬してるんでしょ?
それに…………そうは言っても、必要なら言うのでしょ?」
答えは勿論YESだ。
だから私は逃げるしかない。
慣れない土地で4件の結婚式と二次会をはしごして、さすがに疲れたらしい。
戻るべきホテルでは三次会が予期される。今帰れば確実に友人たちに見つかり、そのまま連れて行かれるのだろう……だから、自然と足はその
反対へと向かう。
「少しだけ、休みたいな」
散歩がわりだと自分を納得させて、ホテルからどんどん離れていく。
「Hey,girl!」
タバコを吹かした黒人が、射撃はどうかと店を指差す。
聞き取れないのが幸いに、手だけ振って早足で通り過ぎる。
常夏の国とはいえ、涼しい夜風が、パーティドレスを撫ぜた。
肌寒さを隠すように、上着の端を合わせて、また私は歩を早める。
海外ウェディング。
常なら参加を断るところだが、中学校やら高校やらの友人たちの挙式の場所(国というべきか)と日取りが重なっており、また日本からそう遠くなか
ったこともあり、今回だけは参加することにした。
式でも、披露宴や二次会でも、私に及第点は与えられると思う。
長年会っていなかった友人とは軽い思い出話、一人になってしまった人には自己紹介と世間話、新郎新婦には一歩引いて彼らを引き立たせて…
…。
何度か携帯連絡先を聞かれる危機も訪れたが、「あ、時間だ」とやり過ごした。
携帯のメモリは1000件あるかもしれないけれど、私の人間関係の容量は既に満杯。
……だいたい結婚式をはしごしてる時点でもう限界なんですよね…。
ホテル同士も歩ける距離だったので、日本で結婚式をはしごするよりは楽だったし、何より友人の幸せそうな姿を見れて私も嬉しかった。
「まあ、結局疲労感は一緒ですけど」
人数が増えるほど、人々の視線も増える。
主役は他にいるとしても、どこでどう見られているかは分からない。
結局、無意識に気にして始終緊張していることになってしまう。
日本で見るのと同じ月が、私を照らす。
無性に隠れてしまいたくて、目の前にあったバーへと足を踏み入れた。
空気の変化に気づいて、顔をあげた。
店内の明かりは間接照明だけで薄暗かったが、それほど広くない店だ、自分の座る席からでもその異邦者が見えた。
バーの入り口に立っていたのは二十歳そこそこの日本人の女。薄いジャケットの下にはパーティドレス……結婚式の後なのだろう。
場違い、という理解はあるらしく、女は入り口で立ち止まっていた。
一応スポーツバーの体裁をとる店は、申し訳程度の小さなTV画面でプロボウルの試合が映っていた。
そこに選ばれたスーパースターたち……しかし試合内容は怪我を恐れた軟弱なプレー。
毎度であるとしてもおざなりすぎて、自分は好きになれなかった。もっとも式典にさえ呼ばれない自分にそう問う者はいないだろうが……。
試合後の今は盛大なパーティがなされているはずだ。
このバーに集う者たちはそこに呼ばれない…けれどその事実を諦めきれない者たち。
さて、こんな場所に一人で乗り込んでくる女は男漁りか、はたまた旅行を勘違いしているか、いずれにせよよっぽど考えの足りない糞女に違いな
い。
客の一人……マットと呼ばれるこいつは好き好んで店員の真似事もする…腕の筋肉が盛りあげて立ち上がり、女に近づいた。
オーバーなジャエスチャーも交えて、何か言っていたが、会話の内容は耳に入らなかった。
「……」
「……」
そうだ、そのまま追い返せ。
面倒ごとはごめんだった……まだ俺たちは何も掴んではいない。
さて、続きを……と再びパソコンに目を落とすと、高い靴音が響いて耳に障る。
何を血迷ったのか、マットは空いていたテーブルへと女を通していた。
彼女は、優雅にさえ思える足取りで、ときどき首を傾けて他の客に挨拶のかわりを振り撒きながら、席についた。
さも当然のように隣に座るマットに、他の客からひやかしまじりの野次が飛ぶ。
飛び交うスラングに気負うそぶりも見せず、その女も笑っている。黒い肌をさらに色濃くしているマットとは対象的だった。
……そうとうこういう店に慣れているか、米国の友人でもいるのか…。
彼女の正体がつかめずにいらついて、小さく舌を打つ。
野次を治めるように、マスターが彼女にドリンクを聞いた。。
「?」
女の顔に、露骨に疑問が浮かんでいた。
早口すぎた、と思ったのかマスターがもう一度ゆっくりと問う。
「…………」
まさか、この女…しゃべれもしねぇのにこんな店に入ってきたのか?
観光客相手の日本語メニューのあるバーじゃねえんだ、地元の…それもヒネた奴がたむろってる健全とは言い切れない場所だ。
飽きれるを通り越して怒りさえ湧いてきた。
マスターが困ったように空のグラスを持ち上げる。
「ああ、飲み物!」
日本語以外の何者でもない。
彼女以外の客は困ったように静まり返る。
「Hey,hiruma」
小声で呼びかけられて視線だけやると、哀れなジャパニーズガールを助けてやれよ、と目で訴えられる。
ああいう奴は痛い目みねえとわかんねえんだよ。
適当に受け流すと、そういうと思ったとばかりにあっさり引き下がった。
さて、事の顛末は……と耳を傾けていると、
「ん〜……バーボンをロック!please!」
ドラマの見すぎだ、糞バカ女。
カシスオレンジなんて言い出さないだけマシか…、しかしその考えもすぐに打ち消される。
調子に乗った他の男たちは、「俺から」「俺も」と彼女にバーボンを贈り始めたのだ。
マスターも諦めたのか、ロックグラスにバーボンをどんどん注ぎ、満たされたグラスを次々に男たちが彼女のテーブルへと置いていった。
「Thank You」
一人一人に女は愛想を振り撒き、彼女のテーブルにはあっという間に琥珀色の液体でいっぱいとなっていた。
ムリヤリ酔い潰してどうこうしようって奴はいないが、据え膳を残すなんて男もこの場にいない。
今の時期に揉め事は困る。俺にとってもこいつらにとっても。
糞アホ女を追い出すために、仕方なく俺は重い腰をあげた。
言葉が通じない以上、下手に口に出すよりも表情とリアクションで現すことにした。
マスターが本気なのか?と首を傾けるが、私は催促するように頷いた。
琥珀色の液体を注いだグラスが、カウンターを滑るように投げられる。
全く計算通りに私は目の前で大袈裟にキャッチし、一口あおった後、親指を立てて観客たちにポーズをとる。
歓声があがったことで私は満足して笑った。『なんかハリウッドとかでそんなシーン見たことあるような』モノマネは成功したようだ。
ロックグラスを揺らすと、中で氷がからからと揺れる。
バーボン……そう言ったからにはそれがこれなのだろう。初めて口にしたそれを今度はゆっくりと味わう。
舌を刺激するのが心地よく、喉を通る感覚は柔らかい火みたいだった。
私の横に座っている黒人が(座っていても彼の体は大きかった)何やら話しかけてくるので、正直2、3個の単語しか聞き取れなかったけれど彼に
合わせてうなづいたり首をかしげたりしていた。
(ふんふん。私のコミュニケーション能力は海外でも大丈夫みたいですね)
父に感謝しながら、一杯目のグラスをあけた。
二次会や披露宴でもビールくらいは飲んでいたが、酔うというよりはテンションを保つためであって、お酒を味わうことはなかった。
薄暗い店内と古い匂いはなんとなくユウのお店が思い出されて、私はすっかりリラックスしていた。
「おい糞アホ女」
「……?」
頭の上から降ってきた日本語に顔を上げると、白人…いえ色は白いけど…髪も金色だけど…
「てめーしかいねえだろうが糞女」
「…あ、日本語」
一見して細見の体の彼は、ガタイのいい男たちの中で異彩を放っていた。
しかし、どうも怒っているらしい。
店内のお客さんたちからはわりと好意的に見られている、と思っていたが彼は完全に私を煩がっていた。
「現地に溶け込むのは満足したか?
出てけ」
「……へ?」
唐突すぎて理解しがたかった。
店内を見渡してみるが、私たちの他に日本人とおぼしきものはいなかった。
しかしいきなり出て行けとは……米国の人に追い出されることは予想していても、まさか奥から出てきた日本人にそんなことを言われる筋合いは
ない。
見下ろされているのが気に入らなくて、私も立ち上がる……悲しいことにあまり差は縮まなかったけれど。
「せ、せっかくもらった物を無駄にはできません」
簡単に引き下がるわけにはいかず、思わず言い訳した。
いまだ、私のテーブルの上には所狭しと琥珀色の液体が並べられたままだ。
「……それがアホだ……糞女。
バーでドリンクを受け取る意味もしらねえで…好意を受け取るっつえばテメーの頭でも理解できるか?糞チビ女」
「!」
薄暗い明かりの下でも分かりすぎるほど、女の顔に朱が走る。
日本語の会話が分からない周りのギャラリーは、ただ俺たちを見ているだけだった。
「おい、いじめるなよ。Hiruma」
マットが彼女を擁護する、もちろん英語だったが、その女は意味を汲み取ったらしい。
「ねー」
味方が現れたと知るやいなや、マットに同意を求め、そして周りにも求める。
この女の神経は何でできている?
アホは一人ではなかった。
「だいだい、なんで最初に追い返さなかった!」
「……だって、笑顔がめちゃくちゃかわいいんだぜ?」
(んなのただのオリエンタルスマイルだろ…?)
見ろよ、と促されて不覚にも従っちまった。
マットにsmile,smileと促されて彼女は何かを祝福するように微笑んだ。
「…………笑うのは得意なんです」
マットに向かってそう言いかけた彼女は、言葉が通じないと分かったのか俺にそう言う。
「タクシー呼んだ。
…それが来たら、帰れ」
笑顔から一転、頬を膨らませてプイとよそを向く。
「ケチ。明日帰らなきゃいけないのに」
「俺らも一緒だ」
「……え?日本に?」
「まさか。」
「……日本じゃない?……あなたは何者なんですか?なんでここに」
こんなに気持ちよく無視されたのは始めてかもしれない。彼から返事は期待できそうになかった。
仕方なく、マットと呼ばれる人に向かって考え考え単語をつなげる。
「Where are you from?」
地名が連呼され、マットはとりあえず日本人ではないことが分かる。
「What do you do tomorrow?」
ほとんど何を言っているか分からない。が、次に続ける言葉は決まっていた。
「he?too?
Is he Japanese?」
「Yes, he is a member of my team」
なおも首をかしげると、ちょっと待ってとばかりにマットは立ち上がり、しばらくして私に一冊の本が手渡された。
促されるままに開けば、写真のアルバムのようだった。
映っているのはみな似た防具をつけている黒人や白人たちだった。どことなく、見たことのある顔のような…
そう思ってると、にこにこと笑いながらマットが写真を指差し、その後彼自身を指差す。
「あああ」
驚いたことに店内にいた客のほとんどがアルバムの中に映っていた。
メンバー紹介のように、写真と本人を交互に見比べていく。
(……何かのサークル仲間なのかしら。……旅行サークル?
でもこのカッコ…何かのスポーツみたいだけど)
「he is!」
ヘルメットをしている写真だったが、あの目つきの鋭さは一目瞭然ここにいる金髪の彼だ。
他に手がかりはないか、とさらにめくっていくとあきらかに時期が違う写真が出てきた。
何年か前の写真のような…これは、日本?
色鮮やかな防具はそのままだったが、バックに映っているのは日本の校舎のようだった。
これはなんの写真?と英語でなんていうのかなと考えているとアルバムを取り上げられた。
「お楽しみはおしまいだ」
背中と押されて思わず前につんのめる。
不満顔で振り向けば、金髪の彼が不敵に笑っていた。
もし、今日の式や二次会で、
声をかけられたのが、連絡先を聞かれたのが、
こんな気持ちだったとしたら……。
バッグからこの国では通じない携帯を出して、自分の番号を表示する。
そしてそのまま彼に見えるように突き出した。
このビミョウな縁を、簡単に終わらせたくなかった。
「……あ、あなたのも、教えて下さい。
わ、私……知らない番号は絶対に出ないんです」
嘘ではないのに、口にするとすごくいいわけみたいに聞こえた。
拒絶か、さらりとかわされるか、それとも……
判決を待つみたいに冷や汗が出て、鼓動が大きくなっていくのが自分で分かった。
「だーかーらー携帯通じねえんだろ。
アメリカだぞ」
「最近の携帯はかけられるんですよ」
私のがそうでないのはバレバレだったが、ここで引いては飛び込み営業の鬼と言われた父の名が廃る。
「名前」
「…………へ?」
「テメーの名前!」
「……辰巳……和華」
言うなり彼はノートパソコンに向かってキーボードを何回か叩き……。
「03-3798-17××」
「なんで実家の番号知ってるんですか!」
「……ケケケ……」
なんだ、写真の時みたいにちゃんと笑うんだ……。
それに見とれていると、すでに開かれていたタクシーの中に乱暴に押し込まれた。
もう!天邪鬼!
私の携帯が窓から放られて、タクシーの扉が閉められた。
「さっさと日本に帰りやがれ」
名前…聞いてないのに。
ヒルなんとかって呼ばれていたけど…。
名残惜しげに携帯に目をやれば、新しいメモリー。
―――蛭魔 妖一
―――1-800-462-99××
長い……書いててなかなか終わらず。
結局4時間くらいかかったような……仕上げに…
諦め気味に終幕させました。
タイトルをanother storyにしましたが、
もう一個。
ムサシさんのバーでの出会いっていうのが妄想であるんで、
そっちも書きたいんです。
また今度かきやす。
……小説書いてる皆さんはどんだけのペースなんだろう。
一時間何文字くらいですか?
(測りだす私)
どなたか測って教えて下さい。
あーでも妄想を字にするのってサイコーだぁぁ。
変な達成感とともに、モナコでした。
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