バレンタイン
注:トモの関西弁がおかしいのが気になる方は、キャラクター設定でご覧下さい。
『本日は閉店しました』
表にかけられている看板の中、店に入ってこれる人間はそう多くはない。
「おう。和華めっけた」
トモが見たのは、見慣れた三人しかいない店内だった。
すぐに茶色い小さな頭が立ち上がって、こちらに手を振る。
「トモだ〜」
大きな瞳と目が合って、和華はいつものように笑った。
本来、肩甲骨あたりまである髪は、束ねられていて、普段よりもさらに清潔感が感じられる。
「あ、戦力発見」
その横で首だけこちらに向けているのは洋子だった。肩で切りそろえた黒髪が艶やかに光っている。
いわゆるおかっぱみたいな髪だが、どうして野暮ったく見えないのか彼には不思議だった。
「…………」
最後の一人、ユウは今日も厨房の中にいて遠くから彼の方に殺気を送っている。
(毎年毎年……ったく。人のモンには手ださないっちゅーねん)
ちらり、と洋子を見やるが、そんなことは気にも留めずに手元の作業に没頭していた。
「しかし、コレ洋食屋の匂いちゃうで」
「……??」
「チョコレート」
「ああ。……ずっと中にいると慣れちゃうのね」
「……っていつからいんねん」
「え?とりあえず今朝からです」
「おい和華。第8弾できたぞ」
「はーい」
ユウに呼ばれてオーブンの前まで行った彼女は、焼きあがったものを受け取り、冷ますために広い台の上に並べていった。
「……今年はユウに負けちゃうかなぁ。チョコ」
「なんやねん。相変わらず大学でもばらまいとるんかいな」
「え〜でも少なくなってきてますよ。今年は200です」
「……200だからってフィナンシェなんか作らせるんじゃねぇよ…」
横でぶつぶつとユウがつぶやいた。
「さ。ぼさっとしないで?」
トモは洋子の隣に座らされ、目の前にはファンシーな袋、リボンが置かれた。
「……え?まさか?」
「あと120残ってるから」
「……」
反論するヒマもなく、トモは作業に加わることとなった。
「トモは今年もたくさんもらうんですよね?」
「……ん?…いや、今年は事務所が『チョコくれるなら募金しろ』って言って宣伝してるんや」
「あら。それでもあげたい人はあげるんじゃない?」
「ん〜まあ。気持ちを無下にはできんしな」
「良かった。じゃ、募金もしますので、チョコ受け取ってくださいね?」
「……コレか?」
「いえ。もっと大きいのが出来ますから」
(確かに、無駄に大きさだけ比例すんだよな〜和華は……ってそれが勘違いの元やねん)
本当に親しい人間にだけ、特別なチョコがおくられることをトモは知っていた。
「しかし相変わらず桁違いの量やな」
「……どうしても…こうなっちゃうんですよねぇ」
「まあ、いいじゃない。最近はそんなにもめないし…」
「昔は○○のカレシにあげたとか、結構な騒ぎになっとったからな」
「……だって。誰々にはあげたけど、誰々にはあげなかったって言われるよりはいいじゃないですか」
「っていうか決まってないんやろ?
誰に渡すか」
「えっと…とりあえず当日、目が合った人全員に……」
「……ああ。もう言わんでええ」
「んで、アイツにはどんなのあげんの?」
からかうようにトモが言うと、和華は露骨に目をそらした。
「ああああ……アイツって?」
「だから、ソイツ」
「そそそそ……ソイツって?」
「何や言うて欲しいんか?………年下でぇ、金髪でぇ」
「言わなくていいです!」
「……その……甘いのいらないっていうから」
「は?
そない言っても男はチョコもらえんと寂しいんやで」
「……?
そうなんですか?」
「相変わらず男心は分からん奴やっちゃの」
「……」
「あとなぁ。前から言いたかったけど、
『お返しはいいからね』って一言もちょっと傷つくんやで?」
「えええ?なんでですか!」
「自分に期待してへんのバレバレやんか」
「……男心むずかし」
「そうやで。男は複雑なんやで」
「よし。トモさま〜アドバイスありがとう。
明日は決戦してきます」
「おう。がんばれよ」
★
★
★
「はい。蛭魔さん、ハッピーバレンタイン」
「……糞……この山はなんだァ!」
「だからチョコレート!」
「いらねぇっつっただろうが!」
「…またまたァ!そうは言ってもたくさん欲しかったんでしょ?
男心分かってるんですから」
「なぁにが男心だ、糞和華……」
「ユウの手伝いなしで洋子ちゃんと作ったのと、こっちがほとんどユウが作ったのと、こっちがユウが全部作ったのと、これはユウが勝手に作ってた
のと……」
「だ〜か〜ら〜……
どの口が『男心が分かってる』なんて言ってんだ!」
「はひゃひひょうふうへへ」(もう!なんで怒ってるんですか!?)
★
★
★
「トモの言うとおりにしたのに、蛭魔さん怒っちゃったんですよ?」
「…………」(普通、男の前で誰が作ったもんかバラすか?という視線)
「でも、次の日見たらチョコが全部なくなってました。
……やっぱり見るのもイヤで捨てちゃったのかなぁ」
「…………」(だから男心がわかってないっちゅうねん。という視線)
「………金髪にぃやんも苦労すんなぁ
胃薬送ったろか」
いや、今年のバレンタインは楽しかったっす。
いろんな人にお見舞いしてやりました。
ただチョコあげるだけなのに、めっさどきどきするんですよね。
ちょっと乙女の気持ちになりました。
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