第13話





立ち止まることは苦痛だ。

信号待ちで足を止めながら、蛭魔妖一は思った。

待つことが得意な方でもない、だから彼は待ち合わせ時間ギリギリに着くように計算していた。

時間を無駄にすることは、彼を焦らせる。

例えば、後から振り返ればそれは必要だと感じるのかもしれないが…ムサシを待っていた時のような。

逆説的だが、最初からムサシがデビルバッツにいたとしたら、1年共が頼もしく育ってはいなかったのかもしれない…、とも彼は思う。

しかし、そうは言っても待つことは嫌いだった。

車道の信号が赤になる。

歩道の信号が青をともすのが待ちきれずに、彼は既に歩きはじめていた。







別の運動場を借りて練習する日もある。

今日の練習場所は、少し街、といったところからは離れた場所だった。

駅から歩いていくにつれてよく言えば自然が増えてくる。彼のように裏道を通っているのならなおさらで、アスファルトで舗装されてはいるがその周
辺には人口くさい樹木が立ち並んでいた。

夏の間、あんなに茂っていた草も木の葉も、今は色を失っていて、彼の髪の色が映える結果となっている。

これからは、アメフトの季節へと入っていくのだ。

(ケガしねーようにクギさしとかねーとな)

人数の少ないデビルバッツには、誰かが欠けただけで致命傷になることを蛭魔は知っていた。

もはや各々の能力だけではない、精神的な部分もそうだと……。



吹く風が、露出している肌の熱だけさらっていく。

(あんまり風が強いと、パス錬にならねーな。

……まあ、強風試合対策にもなるか……)

風の流れてくる方に顔を向けると、丁度道路が交差する辺りに人影を見つけた。

自分の他にも裏道を通る物好きがいたらしいと蛭魔は思う。

目を凝らしてみるが、彼の視力をもってしても、はっきりとは見えない。

しかし、蛭魔には姿を確認する前から彼女だと分かっていた。

根拠はない……ただ、彼は確信していた。



人影に近づくにつれて、段々と見えてくる。

栗色の長い髪が揺れていること。

女であること。

(相変わらず背丈は中学生……もとい、小学校高学年並みか…)

今日は普段のスーツ姿でも、練習時のジャージ姿でもないらしい。

その人物は、前触れなく天を見上げた。ふわりとスカートが浮くのも気にせず、ただ一点を見つめている。

茶色の光沢のあるふんわりとしたスカートに、スニーカー。

(…………別にその組合わせを否定するわけじゃねーが、似あわねえ)

そういうスカートだし、そういうスニーカーだった。



一段と強く風が吹いた。

辰巳和華は、自分の髪がなびく方向に目をやり、そして蛭魔を知覚した。

露骨に、びくっとする。一般人が彼を見たときの至極妥当な反応だ。

また彼女は、蛭間が自分を見ていたことに気づき、素直に照れた。

「おはようございます」

「道草とはいい度胸だな」

「あはは。主役は最後に登場するものですからっ」


あんな場所で時間を潰していたところからすると……待つことが苦手なのは自分だけではないらしい、そう蛭魔は思う。

(どうでもいいがな)

強引に無視して彼は歩き出した。

こんなところでもたついていたら遅刻は確実だし、……それこそ練習時間が減ることに危機感を持つ。

一方、彼女も歩きだすキッカケを求めていたらしい、彼を追いかけるようにしてついてきた。



「あ、ちょっと。待ってくださいってば〜!」

小走りでついてくる彼女が並んでも、蛭魔は歩幅も速さも緩めたりはしなかった。

「靴だけあってねーぞ」

「だって、ヒールじゃグラウンド入れないですから」

並んで歩く彼女は、精一杯首を上げて蛭魔を見た。

(……ちいせぇ……)

彼の胸のあたりに頭、顔は腰あたりだろうか……見ようと思えばつむじは丸見えだった。

こんなに小さな人間が、校内を騒がしたり、阿含に立ち向かったり、時に蛭魔自身を揺さぶるエネルギーを秘めているのか、と驚く。

彼が上から眺めているのに気づいたのか、和華は飛びのくようにして一歩下がった。

自分の顔をペタペタと両手で触り、どうやら顔に何かついていないか探っているらしい。

ケケケ…と蛭魔がいつもの声を上げれば、

「もう!思春期なんかじゃないですからね!」と反論し、右腕でツッコミのようなポーズを見せた。

「届いてねーぞ。糞チビ顧問」

「ああ!ツッコミとして致命傷」

「テメーはボケだろ」

「ええ〜!……ここは笑い飯で妥協しませんか?」

交互って意味で、と彼女は笑った。





「彼女」のことを考えて無意識に左肩を抑えていた。

「痛ェのか?」

それに気づいた蛭魔がそう尋ねた。

心配なんてほど遠い口調だった。だから和華は世間話みたいに言う。

「クセなんです」と笑った。



「……伝説でね。

 辰巳の嫡流の子の中には生まれつきアザを持つ子が生まれることがあって……それが一族を継ぐ証なんですって」

聞き役に徹してやる気はない、けれど蛭魔は和華が「彼女」のことを話す時の小気味良いリズムが気に入っていた。

「初代さま…宗朝さまにもアザがありました。

そして、彼女にもあったんです、月と星…星辰さまを現すアザが。

 宗朝さまはすごく喜んだそうです、そして彼女を一族を継ぐものとして教育してくださいました」


「ねぇ、私のここにもあるんです。

 私が彼女である証です」

辰巳和華は誇らしげに空に向かって話す。

彼女と同じものを見ようとして、蛭魔は同じ方に視線をやった。





球場の近くになって、出てきた集団があった。

(神龍寺……)

そのユニフォームに彼女が体を固くする。

蛭魔たちとは反対方向に帰っていく中、集団から一人だけこちらに向かってくる者がいた。


敵将の一人、雲水。

右だけ袖を通さないいつものスタイルで、歩いてくる。

いつのまにか足を止めている彼女に変わって、蛭魔は前に出た。

「なんだ、決戦を前にご挨拶かぁ?」

軽めのジャブがわり。勿論、糞真面目な男がそれに反応することは期待していない。

雲水が見ていたのは蛭魔ではなかった。彼女に向かって、小さいがはっきりと頭を下げる。

「……怪我のこと、弟に代わって謝ります」

「いえいえ。

 ……元はといえば、私がケンカ売ったんです」

その言葉に、蛭魔は半眼で彼女を睨みつける。

彼が予想していたことだったが、余りにも無鉄砲すぎる行動だ。

しかし、彼女の告白を聞いてなお、雲水の表情は曇ったままだった。

彼女が阿含を訴えて大会が台無しになることを恐れていることは明白であり、やがて彼女もその思いを察知したようだった。

「ああ、大会中ですし、大事する気はないです。

 ……そんなことになったら蛭魔さんに殺されちゃいます」

「今ここでヤってやろうか?」

「……やだぁ、そんな、人前で?」

身をくねらせながら彼女は言うが、色気よりも気持ちが悪い方が先行している。

(照れるくらいならやるな、こっちが恥ずかしい。)

しかしそこはあの弟にも動じない鉄面皮、雲水。

そのまま会話を続ける。

「それを聞いて安心しました。

 どうかお怪我……ご静養下さい」

丁寧に頭を下げる雲水につられて、彼女も礼をしていた。

「いえいえ、ご丁寧にありがとうございます」



そのまま、去っていくと思われた雲水だったが、数歩歩いたところで、思い出したように振り向いた。

「……けれども、試合では……手加減する気はない」

さっきまでの口調はそのままだったが、それはあきらかに蛭魔に対してなされた宣戦布告だった。

「たりめーだ。こっちも手加減しねーぜ」

優勝候補に対して一歩も引くところなく蛭魔は言う。

もとより格下である泥門が「手加減」なんておかしいのだが、彼が言うと言葉そのままに聞き入れられるから不思議だ。

「私だって……手加減しねーぜ?」

「テメーは生徒ですらねぇだろうが」

神龍寺戦はもうすぐだ。








ものすごく何度も書き直しました。
一人称ってなんなのか、三人称はどうなのか……
迷った挙句に「三人称だけど、どっちかの人物に光をあててく」という結論をだしました。
旧連載モノも、いずれ全部これで統一していきたいと思います。
アニメで雲水さんがいろんなところに謝っていたところから登場させてみましたが、
そのシーンあんまり覚えてないや…。

というわけで、連載モノあと5話くらいで終わるハズ……

…オーバーすることも見越して、
第20話で完結予定です!

こんなんにしておこう。


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