原作沿い?
MEMO
No.5
Get stars in my eyes!

目覚めることは、分かっていた。

瞳を開くよりも先に、意識が覚醒し、部屋に由さんの気配がないことを探る。

それを確認して初めて、私はまぶたをゆっくりとあげた。



なるたけ音を立てないように身を起こす。

本来なら眠り続けるだけの薬を打たれた体は、鉛のように重く、反応も悪い。

ベッドから右足を下ろし、左手で体を支えながら、左足を出して立ち上がる。

スリッパから靴に履き替える。コートを羽織る。

ひどくゆっくりだが、確実に一つ一つの作業をこなしていく。


無駄に過ごす時間はない。

カウントダウンは始まっている。


大通りでタクシーを止める。

「…東京ドームまで」

いつもみたいに笑おうとしたけれど、顔の筋肉まで反応が悪い。

それでも愛想笑いくらは必死で作った。

フロントミラーに自分の顔が映っているのが見えて、私は目を逸らした。

勿論自分の顔だ。見なくてもどんな状態か分かる。

長い間眠っていたせいで、顔が腫れぼったくなって、特にまぶたが酷くて……。

こんな顔を人前にさらすなんて、普段なら裸足で逃げ出してる。

それでも、私は行かなくちゃいけない。


きっと、彼のためにできることがあるから。



シュミレーションは、十分に済んでいた。

タクシーを降りて、東京ドームを視界におさめる。

体は相変わらず重い。努めて平常に見えるように、しかし最短距離を歩いた。

ドームは、近づくにつれて大きさを増していく。

どこか焦る気持ちとは裏腹に、心臓がゆっくりと鳴っているのが分かった。





……いける。

「いいか糞チビ マルコの前ではボールの確保に集中しろ」

「泥臭く体でねじ込んでけ」

「距離がでねえが構いやしねえ数で勝負だ」

……いける。


「糞猿テメーもだ 20ヤードぶっ飛ばずどデカイパスは今はいらねえ」

「低いショートパスで繋ぎゃ如月がプテラクローで腕絡めてる暇もねえ」



向こうがツーポイントコンバージョンで来ることは予想済み。

勝つためにはより多くのタッチダウンが必要だが、そのプレーがギャンブルであることに変わりはない。

ランもパスも出ている。白秋相手に十分闘えている。



……いける、いける。



今伝えられるだけ伝えようと、普段よりも指示が早口になっている。

それはどこか、自分自身の未来を予測しているように。


詳しいプレーなんて分からない。

フォーメーションだって、知らない。



それでも、

ヘルメットかぶっていたって、

背番号なんて見えなくても。



あなただけは、分かる。

分かってしまった。




高く高く弾けとんだヘルメット。

スローモーションで飛んでいく体。


一瞬、目の前が真っ暗になった。

睡魔に耐え切れずに、とうとう意識が無くなったの?

……いえ、ただ。長い長い瞬きをしただけ。



これは、現実。

目を、そらさないで。





どこか違う世界から見ているような、それは思考をにぶらせる薬のせいか、ひどく頭の中を冷たく感じた。


だから、余計に自分の心の動きが分かった。

大切なものを傷つけられた時、私はどう感じるのか……



まず、怒り


きつく握り締めた拳はぶるぶると震え、その感情の行き場を探している。

体の奥底から湧き上がる悲鳴……私はそれを喉のあたりで無理やり消した。


一瞬遅れて周囲から上がった甲高い悲鳴。


……妙に冷静な頭が、無意識に最悪の復讐方法を思いつかせる。


そして、悲しみが訪れる。


何をしても、この事実は変わらないのだと思い知らされる。

怒りが大きければ大きいほど、悲しみは底なしだ。



同じように、今度は涙が湧き上がる。

からからの喉……無理やり生唾と一緒に涙も押さえ込んだ。



復讐?……何のため?

涙?……誰のため?



そんなもの、そんなもの、全部私の悲しみを癒すためだ。


そんなことをしにここに来たわけじゃない。




さあ、さあ。

鉛のような足を前に踏み出して。

ぶれる視界も、ふらつく頭も押さえ込んで。


瞳に輝きを。






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