No.7 Get together







蛭魔さんが体を起こそうとした時、それを制するように由さんが言った。

「……1回です」

主語の無い言葉に、蛭魔さんは訝しげな視線を送る。

「………?」

その額に汗がにじんでいるのが見えた。

疲れによるものか、痛み止めでも抑えられない脂汗か…



「君が一番分かっていることだろうけど、念押ししておくよ。

 投げられて1回。……分かったね?」

彼は答えるかわりに問いを投げかけた。

「医院に酸素カプセルはあるか?」





「…………」

由さんは飽きれた表情を隠そうとしなかった。

本気で怒って、そして本気で飽きれているのだろう。



「用意できっか?」


それを知ってか知らずか、蛭魔さんは続ける。

「……はいはい。分かりましたよ。

 骨折しておいて、しかも試合は現時点で負けているのに、次の心配とはポジティブですね!

 あ、褒めてないですから」


由さんの口調は、感情の起伏によって左右されやすい。

普段はおとっり、そして今は……言うまでもないだろう。





「……ったく私はね、専門は小児科医なんですからね!

 この件に関しては、私は全く責任を取りません!知らぬ存ぜぬ通しますからね!」



「あ、そこの病人その1!」



とばっちりを受けないように極力気配を殺していた私だったが、とうとう矛先が向いてしまった。

「平気そうに笑ってたって限界だって分かってますからね!

 試合なんて見させませんよ。すぐ病院戻りますよ!」


「和華用に車椅子を借りてきます。

 ……あ、和華にも言っておきますが、私は小児科医です!」


言うや否や乱暴に扉が閉まり、その振動は床や壁にまで伝わるほどだった。

私の体はその振動に逆らうことなく、ともに揺れ、そして壁に寄りかかるように床へ座り込んだ。

大きな石を思わせるグレイの壁は、頬を当てるとひんやりと心地よかった。


「体はどうですか?」

右腕と言うのが憚られて、曖昧に聞いた。

「……床にへたり込んでる奴に心配されてるよーじゃ、しまいだな」

左耳からは、彼の声。

右耳は壁伝いに彼の音の振動が伝わってきた。


たったそれだけの事が嬉しくて、私はすっくと立ち上がった。

「ご要望とあらば踊りましょうか?」



「……そーやってすぐ平気そうな面見せる。

 その気になりゃ、汗だって止めんだろ?」

「…蛭魔さんこそ。心拍数だってコントロールできるんじゃないですか?」


目を細めて見詰め合って、

「……ふふふ」

「……ケケケ」


どちらからともなく私たちは笑い出した。

今、一緒に笑えることが、一緒に闘っていると感じさせた。

……朝子、時夜。

私たちは、一緒に闘っているよ。



「く……」

ふいに立ち上がろうとした蛭魔さんが、右腕を抑えたままバランスを崩す。

「ひ、蛭魔さん!」

慌てて彼の体を支えようと、駆け寄る。

「!」

口角の上がった唇が、私のを掠めるように避けていって、耳元で囁かれる。

「…りべんぢ」


(もう!今することじゃないでしょ!)

薬のせいで今になって、呂律が回らなくなったのか、

それとも震えのせいか、

私の唇はとうとうその言葉を発することができなかった。








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