エピローグ
正直にいえば、……ほんの、少しだけ期待しなかったわけではない。
例えば、馬を乗りこなしていた記憶があるからとか。
例えば、彼にも苦手なことがあるのではないか、と半ば言い訳のように和華は自答していた。
「はい、その調子でもう2周しましょう」
「……」
中心の杭にロープでつながれたまま、和華の乗る馬は指導員に引かれて歩いていた。
和華の表情は必死そのもので、手綱を握る手は汗ばんでおり、他に視線をやる余裕も無かったが、とりあえず抗議はしておくことにした。
「蛭魔さんずるいいいい」
名を呼ばれた蛭魔はというと、すでに柵の外。
和華の声すら届かない距離で器用に馬を操っていた。
何故、突然乗馬になんて誘ったのだか、和華は自分で不思議だった。
「彼女」の名前を取り戻してくれたお礼のつもりだったのか、記念にだったのか、彼女が乗っていた馬とというものに興味を抱いただけなのか…。
「経験ありますか?」という問いに「ねえ」とだけ返ってきて、じゃあ一緒ですねと安心していた。
しかし、自由に走り回っている蛭魔に対して、和華は駆け足ができずにいまだに柵の中。
どうも、駆け足をされるとタイミングとバランスが崩れて、手綱を強く握ってしまう。
「……ごめんね」
和華が手を伸ばし、首あたりをなでると「分かってるよ」とばかりに鼻をならした。
「記憶があるんじゃなかったのか?」
「もう!覚えているのと、実際にやるのとでは大違いなんです!」
恨めしげに蛭魔を見つめると、彼は乗馬スクールの先生と何やら密談を始めた。
そして、駆け足はしない、させないという条件の中、初日にして初心者にして異例中の異例、外を回ってきてもいいという許可を得たようだった。
「……『朝子』は、上手く乗れてたのに〜」
「最初にしちゃ上出来じゃねーか?」
「……それって、自慢ですか?」
「ケケケ」
先頭を行く蛭魔が止まり、振り返った。
普段より近い視線の高さに和華は目を細め、それからゆっくり微笑んだ。
「朝子と、同じ視線になれた気がします」
こうやって、彼女は国を見ていた。そう思うと、感慨もひとしおだった。
「ありがとうございました」
あらたまって首を傾けると、帽子の隙間から馬と似た栗色の髪がこぼれた。
「……過去形はヤメロ」
「じゃあ……これからもありがとうございます」
そう言って和華は馬に発進の合図を送った。
ゆっくりと風の間を抜けながら、後方からは蛭魔の声。
「日本語学べ、糞教師」
「もう、センセイじゃないです」
慎重に後ろに視線を送り、けれど歩みは止めない。
「また、先生目指しますけどね」
というわけで、ホントに教育実習編終わりです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
その後の二人の行方として、ぼちぼち始めますので、
そちらでもお付き合いいただければ嬉しいです。
はぁ〜長かったよぉ。
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