眠り姫






脅迫と命令と連絡以外のメールを交換するようになった。

会おうと思えばいつだって会える状況にある。



以前まで……送るばかりで返信なんて期待していなかった…そんな前のことはすっかり忘れてしまっていた。

今となれば、どうやってソコへと戻ればいいのかも分からない。




そろそろ穴でも空くんじゃねーか、と思う。

数分おきに睨みつけている携帯は、2日前からぴくりとも鳴らずにいる。

2日前……正確には58時間と

……何分だっけか…。

数えるのは得意だったはずだが、睡眠不足でそれさえままならなかった。


しかしここまで待って、自分から出向くのはプライドが許さなくて。

自分でもつまんねー男だと思う。

顔を見るなり怒鳴って、それで気晴らしができればどんなに楽か。

ここでこんな風に、ふてくされてることが一番の無駄だ……そんなこと分かってる。



けれど、アイツが謝るまで……「すいません、3日くらい忙しくて返信できませんでした」
そう、そんなメールか電話か本人が来るまで、意地でも待ってやると決めてしまった。

睡眠不足も手伝って、携帯を見る目つきはどんどん鋭くなっていく。


……と睨みつけていると、震えるように揺れた。


「……!」

反射的に掴んで、画面でアイツだと確認して、

(……2、3……)

少しだけじらして出る。

どう怒鳴ってやろうか考えていると……一瞬で決まった。

「あー。兄の義和だが?」


「かけてくんじゃねえ糞野郎!」




呼び出されたのは、彼女の実家。

どっしりと構える邸宅は、どこか城を思い起こさせた。

……そこには、我らが眠り姫。

「というわけで、まる2日寝てるのよね」

以前、和華から母代わりだ、と紹介された涼子という女が言う。

「起こせ」

即答して彼女の部屋に入ろうとすると、糞兄が前を塞ぐ。

俺より数センチ上から見てくるのが気にいらない。

口元は笑顔の形をとっていたが、目元は全く笑っていない。



「ムチャしちゃいけません。

 ムリヤリ起こすと……和華が……」


「前に、ちょっと怖い時あったのよね。

 自分が誰だか分からないような…」


「高校に入ってからは…ここまで目覚めないことはなかったのに…

 いままでの最高が75時間……もし、それでも起きなければ…」

くだらない。

彼女の部屋の前、冷たい廊下の間でいい年した大人が集まって、人一人起こせないなど……。

彼らのカバーが緩くなったところを、すかさず一歩踏み出す。

すぐさま扉を閉めて、カギも勿論かける。


「……な。何を考えてるんだ」

「で、出てきなさい」


「うるせー。大声出して無理やり起こすとマズイんじゃなかったのか?」

「……」


「……和華に何かしたら」

先ほどまでとは違う……ドスのきいた低い声が扉越しに脅してくる。

俺を脅すなんざ…懐に手が伸びかけたのが、女の方が制した。

「……まあ……ほら、おとぎ話で王子さまが起こすって言うじゃない。

 とりあえず72時間までは待ってみたら?」

張り詰めたような沈黙の後、諦めたように足音が遠ざかる。

気配がなっていくのを確認して俺は扉から離れ、眠り姫の様子を確認した。


ベッドで奴は眠りこけていた。

薄く開かれた唇からは規則正しい呼吸音。

寝たふりを疑って近づく……ベッドに片膝をつくと、軽く軋んだ音をたてて心地よく沈みこんだ。

眠り姫のベッドにふさわしい上等なものだ。

「おい」

ちいさく呼びかけながら、両手を突っ張って彼女に覆いかぶさる。

しかし、なんの反応もなかった。

今の彼女は見慣れない寝巻き姿で、襟元は崩れて白いうなじが露出している。

普段は綺麗にカールされている前髪は、力なく額に張り付き気味だ。

伏せられたまつげはぴくりともせず……その姿は無防備で、状況が違えばその気になったかもしれない。

しかし今は、ぐーすか寝ている彼女に…純粋に腹が立った。


「……くそっ。俺も寝てやる」

やけくそ気味に布団をめくり、彼女がまる二日温め続けているという床に滑り込む。

乱暴に肩を抱くが、彼女の反応はない。

こうなったら意地でもここで寝てやろうと心に決めた。




せいぜい先に起きて後悔しろ。

俺が先に起きたら……どうなってもしらねーぞ。




彼女の髪の匂いをかいで、俺はまぶたを閉じた。







青い田が広がっていた。

農民たちの額に浮かぶ汗を、風がさらっていく。

日差しは優しく、太陽が頂上に達するまでまだ時間があることを示していた。



(夢だ……

 ……今はアメフトシーズン。冬のはずだ)


確信を持って見る夢なんてろくなものがない。


こめかみに力を入れるようにして、俺は目覚めようとした。

「くっ」

しかし、ぐぐもった声が漏れただけだった。


(……現実?いやそんなはずねぇ)

木を背にして立っていた俺は、そのまま体を預けてみた。

手のひらでも触ってみるが……どこか違和感のある感覚だ。




馬のひづめの音が聞こえてきて、田にいた人々は顔を上げた。

俺は反射的に木の後ろに身を隠す。


木の陰からそっと覗いてみる。

人々の視線の先には茶色の……馬というよりは小柄で太い…農耕馬のような。



「若姫さま」

そう呼ばれて彼女が女であることが分かった。

馬の背から勢い良く飛び降りると、高く結ってある黒髪が揺れた。

上衣と袴……いわゆる武士の直垂姿だが、深草色に中は柑子色……明らかに女物だ。けれど、腰には太刀がおさめられている。

馬から下りてしまうと余計に小ささが目立ち、農民たちに囲まれて、あっという間に姿が見えなくなる。



からくりが読めてきた。

どうやらこれは「和華」の夢らしい。



彼女が二言三言言うと、農民たちは散り散りに去っていった。

どうやら一息入れろとか、そんな類の話だったようだ。

彼女は、人々の背が見えなくなるまで、心底幸せそうにそれを見つめていた。



木陰から顔を出して、本当に「和華」であるか窺った。

雲から顔を出した太陽が、彼女を照らす。

年の頃なら9、10程度…俺が知っている辰巳和華と比べて半分か……。



前触れなく馬が鼻をならした。

別に隠れる気もなかった俺は、彼女の前にとびだす。



「何者っ!」

彼女が俺に向かってそう言った。

……人を夢の中にひっぱりこんでおいて…。


「和華」


名を呼ぶと、彼女は目を丸くした。

驚いた時の表情に見覚えがある……やはり彼女が「朝子」であり、和華なのだろう。


しかしすぐにするどい目つきに戻る。


「ここが辰巳の領と知っておるか」

……おい、俺を知っているだろ?

言葉にはしなかった。腹の虫が収まらないことで、かえって笑えてくる。

「……」

口の端だけあげて笑うと、彼女は腰のものに手をかけた。

冗談じゃねえ。誰かのセリフだが、やられっぱなしは趣味じゃねえ……し、倍返しだ。

「……星辰を知らねぇのか?」

「はっ」

俺の冗談をどうかわしていいのか分からい時と同じように、彼女は視線をあちこちめぐらせた。

……どうやら、間に受けたらしい。

「まさか…だって……

 初代さまのところに現れた星辰さまは童子の姿だったと、そう聞いているわ」

彼女は、逃げるように一歩下がった。

「……本当に?

 あなたは星辰さまの使いなの?」

おびえながら問う彼女に業を煮やし、俺は叫んだ。

「うるせー!

 早く思い出せ!」







薄暗い部屋……明かりはろうそくが三つのみ。

むせそうなくらい、香を焚きしめられている。

(……またか……)


女が一人、こちらに背を向けて座っていた。

…丸い鏡の前で白紋の入った白袴…何故か、それが彼女だとすぐに分かった。



黒髪は乱雑に肩で切られており、白紙の上には小刀と束ねられた髪が置かれている。

童子のする髪の型だ。

「……それで、神になったつもりか?」

それまで微動だにしなかった彼女は、予想外の素早い動きで振り返った。

「あなたは…いつかの、星辰さま?」

先ほどよりも年を経た……12、3歳だろうか。

しかし、髪型のせいでより幼くみえた。


彼女は目を閉じて、手を合わせた。

「……なんのために祈る」

「辰巳、一族のために」

目を閉じたまま、彼女は迷いなく言った。

「……ほかに大事なものを忘れてねーか。

 ……お前はそれだけありゃいいと、思ってるはずだ」

「一族の平和な暮らし以外に何もありません」

どうやら、意地っ張りは前世ゆずりらしい。

「昔だろ、それは。

 ……今は?」

目を閉じている隙に、彼女の顎をとらえた。

触れられるとは思っていなかったのか、彼女は驚いて瞳を開く。


「あなたの瞳は迷わせる……


 あなたは本当に神…?

 妖のように見える」

長袴で器用に一歩引くが、俺はまた近づく。


「ほう…正解に近づいてきたじゃねーか」


また一歩彼女が下がれば、詰め寄る。

引きずるような巫女装束では逃げられない。


「悪魔みてぇだとは良く言われる」


「……よ、寄るな」

白い手が、髪をさばいた刃物をてに伸びて、震えている。


「巫女は手にしちゃいけねーんだろ。刃は」

「……」



「来ないで、とかは言われたな。

 出会って初期に。

 ……いい加減目ぇ覚ませ。糞和華」

彼女の背が壁に付く。

強く肩をつかんで脅かすと、怯えていた瞳が、覚悟を決めたように揺れるのを辞めた。

「……もはや、星辰に仕える身の子に…名はない」

もう許さねェ。

たとえ夢だとしても、それが前世であっても、俺を忘れるとはいい度胸だ。


「そういえば、いいこと聞いたなァ。


 眠りこけてどうしようもねえ奴を起こす方法。

 おとぎ話によくあったなぁ」








長い金縛りから開放された時のように、痙攣したようなしびれが気だるく残っていた。

甘い香りに目をやれば、隣でまだ眠っている和華。


「……賭けは俺の勝ちだな」

しかし、手を伸ばそうとすると、ものすごい勢いで身を起こした。


心臓を押さえて肩で息をして……ベッドの中の俺の存在に気づくともう一度飛び上がった。

「……ななな」

「オハヨ」

「なななな……なんでヒルマさんがここに」


震える唇を手で押さえて、彼女は耳まで真っ赤になる。

そのまま何度か言いかけて、決心したように問いかけた。

「……あの……

 私に、何かしましたか?

 いえ、あの、疑ってるわけでは

 だって、あれは夢なんだし、正確には私じゃないんだし…」


「へえ。夢で…。

 何されたんだ?」


「!」


「当たったら、今やっていいか?」


「×××!

 ……なんで?

 ヒルマさん何か知ってるんでしょ!」

長い間、彼女の頭の形に沈みこんでいた枕を手に取り、茹ダコめがけて投げてやった。

「糞エロ眠り姫」

避けもせずに顔面で受けた彼女は、そのまま隠れるように枕に顔を埋めた。

俺はベッドから抜け出る……いい夢は、一人で余韻に浸らせてやるもんだ。





「あ。

 舌いれんの忘れた」


「×××!」

閉めた扉の向こうで、彼女の悲鳴が聞こえた。






「オハヨ」BY幽白
でよろしく。

初チュ話のはずが、何故かこんなことに…
結局未遂?
 二人に感覚が残っているなら有効?


蛭魔さんの話はオチに困りませんね。


解説:最後のシーンは弟に後継ををゆずり、自分は星辰に仕えると決め、髪を切った直後です。
巫女となった朝子は、緋色の袴か白い袴か…設定迷ってますが、一応紋入り白にしておきました。
時夜とはまだ会う前、
時期的には、
叔父上を退けて神託と称して弟をTOPにする直前です。


……なんか、二人の進展が良く分からなくなってきた。







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