パラレル1


注意:本編で語られる辰巳和華の前世、の続きみたいなシリーズで、

   蛭魔王子(笑)の国に嫁ぐような話です。

   和華の前世についてはかなり説明して触れられていますので、本編未読の方はそちらからどうぞ。

   また、和華より朝子に近い主人公ですので、シリアスになる予定です。


だああ面倒!って方はキャラ設定へどうぞ。






航海は思いのほか順調だった。

一時的な嵐などはあったものの、太陽は毎日顔をだし、風は耐えることなく船を進ませた。

船に女性は一人。辰巳の姫君のみ。

女が船に乗ることは不吉とされていたが、船乗りたちは航海の順調さを「星辰」の巫女であった姫君の加護だと信じているようだった。

「監視」と「保護」を北条氏は命じていた。

よって彼女たちに手は出されることなく、身の安全は保証されていた。

辰巳の姫は自分の身が「他国に送られる人質」だと分かっていたが、船乗りたちは北条氏の命に潜む意など、考えるものはいなかった。




補佐役、北条時夜の乱心による、辰巳家若当主の暗殺。

および北条時夜の処刑。



事件後、混乱をきたす辰巳一族にあって、冷静に彼らを導いたのは一族の信仰する星辰の巫女頭だった。

異母兄弟とはいえ、北条時宗の弟であった北条時夜を処刑した。

その事実が鎌倉に伝わり、北条氏が動き出す前に弁解しなくてはならない。

よって、巫女頭は、北条時夜の乱心……精神の異常をあげる証拠として文を集め、また彼の遺骨を持ち、数人の従者のみで鎌倉へと向かった。





船乗りたちから「おおおぉ」と歓声があがった。

巫女の隣にいた従者は驚いて立ち上がったが、彼女が表情を変える事はなかった。

「中継地が見えてきたようです、巫…」

巫女……と続けようとして従者は口をつぐんだ。



正確にいえば、もはや彼女は巫女ではなかった。



鎌倉へ時夜の遺骨と文書を届ける折、巫女頭は殺される覚悟をしていた。

だから白装束に身を包み、自分亡き後も辰巳一族がお咎めを受けることなき様、北条氏へ謝罪を求めた遺書を肌身離さず持っていた。

意外なことに、北条時宗は彼女の目どおりを許した。




時夜から時宗の人となりについて聞いたことがあった。

「恐ろしい人」

北条氏の家督相続争いの折、智略により他者を陥れ、自分の手は決して汚さない。

時夜が家督相続権を破棄しながらも、なおも恐れた人物…彼の兄。

今、巫女頭は直接彼と対峙して、時夜の言っていたことが真に理解できた気がした。



「ほう……我が弟が乱心の末、辰巳の若頭領を…ですか」


その口調から、時宗は全てを見透かしているのではないかと彼女は思った。

真実は、若頭領…つまり彼女の弟が時夜暗殺を企て、彼女によって殺され、時夜はその罪をかぶったのだと……。

しかし、辰巳一族ですら知らぬこの真実を……一体時宗はどう知ることができたのか……。

(やはり、油断はならない)

表情を崩すことなく、彼女は時宗の裁断を待った。



「我が弟の不始末とはいえ、鎌倉の決定なくして勝手に処刑されたのはいかがなことでしょう」


「申し訳ありませぬ。頭領が殺されたことで、一族の者は血気だち、子の力では止められなかったのでございます」


星辰の巫女は、巫女となる時に不要となるものがある。

一つは名前を含めた戸籍、彼女らは社に直轄されるため、戸籍に名を残すことはない。

もう一つは個人……「私」を消し去り、「全」である星辰と辰巳一族のためだけに生きる存在となるのだ。

よって、巫女たちは己を「私」ではなく「子」と呼ぶ。

巫女とは、星辰の子であるのだ。


「貴方の言い分は分かりました。

 ……しかしこちらにも体裁というものがあります。我が家臣たちは辰巳一族の暴走ともいえる今回の出来事を許すでしょうか。

 これを聞いて血気立つ家臣がいないとも言い切れません。

 私の力で止められるうちは良いのですが」


言って北条時宗は低く笑った。

戯言を…と巫女は思う。

鎌倉において北条時宗が絶対的な権力を持つのは周知の事実。

何かことが起これば、それは時宗が命じたことに他ならない。



「それで、私に一つ提案があるのですが……巫女殿聞いてもらえまいか?」






西方の国よりも更に更に西にある国。

そう聞いたときには夢物語であると彼女は思ったが、国元から何週間もかけて着いたこの中継地よりも西に海は続いていた。

「ここが世界の西の果てではなさそうですね」

彼らの船が着いた中継地には、先客があった。



その西の西の国からの使者……この中継地で彼女は引き渡されることになっていた。


「これはこれは遠いところを……私は王子の使いで来た舞茸と申します」

舞茸と名乗った使者は愛想笑いを浮かべながら、彼女を船へと案内した。


それは彼女たちが乗ってきた船よりも2、3倍はあろうかという大きさで、船室も普通の家が収まるくらい大きかった。

船の出港を見届けた後、一週間程度で国に着くと舞茸は述べた。

航海日誌を机に広げて、なにやら書き込んでいる……日付と時間…彼女を乗せたことを記入したようだった。


「ええと……姫君のお名前は?」


名を問われて、巫女は瞳だけ揺らいだ。

「………………聞いておりませんか?」

「……いえ……申し訳ありません。

 辰巳家の姫君としか……」


辰巳の姫か……当の昔に捨てた名を彼女は無理に思い出そうとはしなかった。

今の自分は何者だというのか…そう考えると、ふいに口をついて出た言葉があった。



「……ワカ」

つぶやいた言葉……私が辰巳の姫であるなら、私は若姫と呼ばれていた。


「ワカ姫ですね」

名などどうでもいいのだ、という風に舞茸がつぶやく。

彼女自身も、かまわない、どうでもいいと思っていた。



もはや彼女に……



戻る国はない。

戻る名はもはやない。




「知っての通り、西方の国が従属しろなどと勧告してきた」

彼女は半ば目を伏せたまま、ぴくりとも動かなかった。

本来、北条時宗と自分とでは身分が違いすぎるため、直接に顔を拝見できるこの状況が特異なのである。

時宗にこれ以上、辰巳一族を滅ぼすための名目を与えるわけにはいかなかった。

「ふ……そなたは武家の礼儀も承知しているようだな」

「恐れながら、巫女頭となる前は武家の娘でございました」

目を合わせることなく、彼女は答えた。

「……では、還俗していただこう」

彼はふざけるようにそう述べ、彼女がどう反応するのか見ているようだった。



「我が国は島国であって、他国の事を知らぬ。

 そこで、昨年西方よりも遥か遠方の国から交流の申し入れがあった事を思い出した」


どんな命令であろうと、彼女の答える言葉は決まっていた。


「巫女頭の位は引いていただく。

 還俗して辰巳の姫と成り、遠方の国へ参れ。

 それで、辰巳氏への咎めはないものとする」


やはり、彼女が顔色を変える事はなかった。


「謹んでお受けいたします」




彼女にあるものは新しい名。ワカ。

彼女を待つのは新しい国。




「舞茸」くんは、ムサシさん含むPK対決の時に出てきた人です。
いや、私もはじめて名前知ったよ。


というわけで、パラレル編はじまりました。

鎌倉時代、時夜死後の朝子と
なんとなく現代の和華の中間…みたいな主人公ワカです。


続くか、かなり不安ですが…とりあえず

かんじんの蛭魔王子(笑)登場までは頑張らないと。
それを書くために始まったともいえる……





トップへ
戻る