○第一話 意外とフツーに一目ぼれ?
「で、そこのラブホすげー良かったって慎二がさぁ……」 「ふ〜ん……」 通りに面したオープンカフェ。 コーヒーカップを傾けながら、あたしは適当な相槌をうっていた。 すでに、視線は目の前に座る彼ではなく、行き交う人に向けている。 もう六月……空気は水分を含み、体にまとわりついてくる。 蒸し暑さを感じて、あたしは制服のシャツを肘まで捲くった。 梅雨があけるころには、本格的な夏が始まる。 気候的に露出が多い服を着られることは喜ばしいが、クラスメイトたちは半袖へと衣替えをしていく中、あたしはなぜか切り替えられなかった。 今年も退屈な夏が来たことを受け入れてしまうようで……。 「はぁ……」 こっそりため息をついて、さめた紅茶をすする。 放課後、カレシに請われて来た流行のカフェだが、紅茶もケーキも見かけ倒し。 ついでに言えば、目の前のカレシも同じく見かけ倒しだったりする。 (……どっかにイイ男いないかなぁ) 行き交う人を見られて、物色できるのが救いだった。 チビとデブ……はパス。 う〜ん……髪がなんかそそらない。 あっちは、お尻は及第点なんだけど。 顔はいいけど、早そう。 (……まあ、イイ女だって世の中少ないんだけどね) いかにも安物そうなカップを傾けていると、ウェイターが紅茶のおかわりをもって来た。 彼が近づいたのを見計らって、ミニスカートから露出している足をゆっくりと組みなおす。 「コ、紅茶のおかわりはいかが、ですか?」 うわずっちゃってかわいい。 「ありがとう」 正直、もう勘弁という味だったけれど、申し出は断らない主義だ。 彼がポットを傾けているときも、得意の上目遣いで舐めるように見ていた。 「……って、オイ聞いてんの?」 カレシが声を上げると、驚いたように耳まで真っ赤にしたウェイターは逃げるように去っていった。 残念と思う気持ちは隠して、目の前で不満そうに眉を吊り上げているカレシに微笑みかける さすがに放っておきすぎたか。 「あ、ごめん。何の話…」 口ではそういいながらも、心の中ではどう切り出すか考えていた。 (もう潮時かな……) 「レミちゃん!」 あたしの名前……麗美をそんな風に呼ぶ人は限られていた。 声の主を探して立ち上がると、ジャージ姿だったが見覚えのある顔が目に入る。 あたしはその人の名を呼んだ。 「和華センパイ!」 「久しぶりです、元気でしたか?」 和華センパイは、昔つるんでいたユウ兄貴の友達で、ものすごく健全で何者にも犯されていない……あたしとは魔逆な、印象の人だ。 栗色の髪は簡単に後ろでまとめられていて、首から下げている板のようなものにスポーツドリンクを一本だけのせている。 普段より控えめなメイクが清潔感を高めており、いつも絶やさない笑みはやっぱり天使のようだ。 「……誰?」 和華センパイに興味を示したカレシが席を立つ。下心見え見えだ。 「あ、初めまして…私は辰巳……」 「慎二…あ、間違えた恭司。もう終わりにしましょ?」 和華センパイの言葉を遮ってあたしは言った。和華センパイをこんな奴に紹介する義理はない。 「…………は?」 カレシはマヌケに口を開いたまま、言葉がないようだ。 すっと二人の間に入って、和華センパイには聞かれぬようにする。 そして、彼との距離をつめて耳元で囁いた。 「…あたし、男ってアクセサリーだと思ってるのよね」 事実だ。どんな男もあたしにとっては付属品でしかない。 「……あなたに…飽きちゃったの」 口の端を上げて、できるだけ悪い声ではっきりと言った。 別れは、ばっさりしていた方がいい。お互いのためにも。 「……ふ、ふざけるな……よな」 せっかくこちらが全ての罪をかぶっているのに、カレシ……元だが、元カレはひきさがらなかった。 事情を知らない和華センパイは目を丸くしている…事の察しはついているだろうけど。 「こっちはまだ何にもやっちゃいねぇんだよ、あぁ? 今までなんのためにテメーに付き合ってやったと思ってんだ」 「……」 あたしはテーブルに千円札を一枚置くと、無言で席を離れる。 「て、テメー待て」 元カレの声は無視……逃げるが勝ち、だ。 オープンカフェと通りを遮っている、木製の手すりに手をかける。 短いスカートなんて気にせずに一気に飛び越えた。 何事かと道行く人が振り向いていた……もし、見えたのならサービスだ。 一番驚いて、顔を赤くしていたのは和華センパイだったけれど……。 「ちょ……待てっていってんだろ!」 背後から元カレの怒声が上がり、それに続くように店内で悲鳴が上がった気がした。 声につられて振り返る……とそこから突然景色がスローモーションになった。 元カレが重厚そうなタンブラーを乱暴に持ち上げ、そのまま突き出すように投げた。 中に入っていた水と氷が空中に散らばり、夕陽を反射して光っていた。 ……振り向いた姿勢が悪い……あたしが避けるよりも、そのガラスがあたしの顔に向かって接近するほうが速い。 逃げられない……当たる… そう思ってあたしは目をつぶった。 「……危ない!」 顔に予想していた衝撃は、全く意図していなかった腰に来た。 何かに突き飛ばされたのだと分かり、まさか和華センパイが身代わりになって…と慌てて顔を上げる。 「んだ……テメー」 元カレの視線の先には、縦にも横にも大きく厚みもある、大柄な男がガラスのタンブラーを持って立っていた。 特徴的な髪……というよりも特筆すべきはクリのような頭の形だった。 運動着姿で呼吸は荒く、額には汗が光っている。 彼は呼吸を整えるように大きく息をすると、体型に合わない迫力のない声で叫んだ。 「ぼ、暴力はダメだよ!」 叫んだことで力が入ったのか、彼の右手のグラスが握り割れた。 きゃあ、と再び店内から悲鳴があがる。 (暴力はダメって…いや、説得力ないから……) 一番慌てているのは握り割った本人で、初対面ながら、彼の人柄の良さが伝わって来た気がした。 「あははははは。栗田くん面白すぎ…」 和華センパイにもケガはないようで、腹を抱えて爆笑している。 栗田と呼ばれた彼は、和華センパイの関係者のようだ。 「わ、和華センセー…」 「ご、ごめん面白すぎて。いや、だって。 『握力はいいけど、ダメ!暴力!』なんかの標語にいいんじゃないですか? こう…下から冷やタンを握りつぶしてる正義の味方が…ってあはははは。 記念写真いっときます?」 笑っている和華センパイは放置し、あたしは立ち上がるとその大きな男に近寄った。 「……破片は大丈夫?」 言いながら両手で彼の右手を取り、あたしの顔の前に……彼の指があたしの唇に触れるか触れないかの距離。 そして得意の上目遣い。 「ボクは平気………だけど、グラスが」 しかし、彼の反応なし……ニブい。 向かい合って見ると、170センチあるあたしでも見上げるほど彼は大きかった。 「おか、お金払っておきますから私。 あ、ちゃんと部費で落としてもらいましょう」 わざとらしく笑いを堪えて和華センパイが言う。 すると彼の表情はぱっと明るくなり、元気を取り戻したようだった。 「君こそ大丈夫?ケガはない?」 言って大きい体を曲げて、あたしの背中や腕などをきょろきょろと見回す。 ……あまりに毒気のない目で見られて、あたしは拍子抜けしてしまった……調子が狂う。 はっきりいって体には自信がある。男にそういう目で見られないことに、あたしのプライドはすごく傷ついた。 すぐに戻ってきた和華センパイが、慌てたように言う。 「……そんなことより栗田くん、早くランニングいかないと。 蛭魔さんに怒られちゃいますよ」 「あああ、そうだった〜」 あたしは、和華センパイが彼に差し出そうとしたスポーツドリンクを掠め取ると、今度こそはと、一度目を伏せる。 唇はほどよく開いたまま無防備さを出し、ゆっくりと目を開きながら、アゴを上げ、視線が絡む前に、もう一度まばたきを…… 「ありがとう。……ぐび〜ぎゅるぎゅう〜ぐびっ じゃあね」 ……鈍感。 あたしの手元には、ものすごい勢いで空にされた容器だけが残っていた。
というわけで、とうとう始めてしましました。栗田さん連載。
4話くらいで終わる予定ですが、……
一概にそういいきれないという……
最後まで、気長にお付き合いいただければ嬉しいです。
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