性-SAGA-



○第二話 潜入捜査。




学校が嫌い。

「朝から来てんの珍しいじゃん」

「麗美〜朝帰りか?」

バカな男どもが嫌い。

「………聞いた?朝帰りだって」

「やだ〜。でも篠塚さんなら……」

群れる女はもっと嫌い。



典型的な同姓に嫌われるタイプだ、あたしは。

仕方ない、いかにもセックスシンボル的な体のラインは、同じ年頃の女の子たちにはないものだ。

よって浮く。これも仕方ない。


「……おい、朝のHR始めるぞ」

だっさいメガネをかけた担任がそう告げた。




昨日あの後、和華センパイが教師を目指していることを聞いた。

教育実習で泥門高校に行ったこと、そこでアメフト部の顧問を経験したこと、今でも時々「顧問」として使われている(パシリ?)こと。

一つ一つを嬉しそうに話すセンパイを見て、あたしも久しぶりに嬉しいという気持ちを思い出した。

和華センパイが先生だったら……それならあたしも、ちゃんと学校へ来たかもしれないな。

……でも、すでに高校三年だ。遅すぎる。



「……HRは以上だ」

担任がそう言ったとたんに、教室はざわめきを取り戻した。

(……かったるいな。帰ろうかな…)

あたしが鞄を持って教室を出ようとすると、その気持ちを察知したのか担任に前に立ちはだかる。

振り返ると、メガネの奥の目と視線が合った……気持ち悪い。

「……篠塚、この後生徒指導室に来なさい」



担任に呼び出されるなんて、冗談ではない。

「……いいんですか?私なんて呼び出して」

あたしはにっこり笑ってそう言った。

メガネ男は目を丸くしている。

「先生は……そりゃ健全な教師かもしれないけど、私と二人っきりなんて、他の生徒たちはどう思うんでしょうねぇ」

言いながら制服のシャツの襟口を広げてみせる。

「……変なうわさが立ったら大変ですし……」

「……と、とにかく。

 きちんと授業には出なさい、いいね」

メガネ担任はそう言うと、足早に去っていった。


結局、男なんてこうだ。

勝手に寄ってくるのに、こちらが近づけば逃げ出す。




「麗美かえんの?」

「……つまんないだもの。退屈なのよ」

「なぁアイツと別れてオレにしろよ。退屈させねーぜ?」

「どいつか知らないけど、昨日別れた」

「ええ!じゃあ今はフリーなわけ?」

「麗美にフリーも糞も関係あるかよ」

「なな。じゃあオレにも可能性アリ?アリ?」




どいつもこいつも退屈だ。

面白いことなんて………昨日の和華センパイは良く笑っていたけれど。

そう、あの大きくていかにも人のよさそうな男の子がグラス割っちゃって…すごい慌てようで、あれはおかしかったな。

部活……アメフト部って言ってたっけ。


ああ、そうか。

そういう手があった。

脱退屈。



退屈男たちに流し目を送って微笑むと、あたしは言った。

「考えてもいいけど……一つ、お願いがあるの」





「…着いたぜ」

慎二がそう言った時には、あたしは降りるモーションに入っていた。

重たいヘルメットを外し、乱れたストレートの長い黒髪をかきあげる。

慎二は同じくメットを外すと、不満そうに漏らす。

「泥門の制服って、普通に潜入するためかよ」

「そうよ。何?期待した?」

慎二の姉さんはわりと小柄な人のようで、あたしには袖は短く、シャツの胸の部分はきつい。

「おう。他校制服プレイかと」

「何ソレ」

まあ、袖は捲くれば気にならないし、スカート丈はいつもと変わらない短さだ。

胸は……スリップは見えてもOKだろう。


「制服いつでもいいってよ。

 つーか3年も前に卒業してんのに、姉貴が今も持ってるとは思わなかったぜ」

「ありがとう。

 今度お礼するわ…………お姉さんに」

がっくり落とした慎二が肩越しに見えて、あたしはまた少し笑った。



日は傾きはじめていた。

見知らぬ学校で、一目につくのは避けたい。

(ま、とりあえず高見の見物)

あたしは屋上にいた。



高いところの風は、ここ東京でも澄んでいる気がする。

飛び降り防止の金網に足をひっかけて、柵よりも上に顔を出すと、少し気持ちが晴れた。

校内でも一番背の高いここからは、周りがよく見渡せる。

他の二つの校舎、八面のテニスコート、体育館。

うちの学校と、構造もほとんど一緒だ……学校なんてそんなものなのだろうか。

……グラウンドはうちよりも広いかな。

そこに目を向けると、パラパラと制服を来た生徒たちが集まっていた。

グラウンドには大きな四角くの白いラインが引かれている…サッカー?…にしてはゴールが見当たらない。

その大きな四角の周りに一定の間隔をあけて、人が集まっていた。

「アメフト部、部活修めだってよ」

突如聞こえた声は下のベランダからだった。

「紅白戦やるんだって。グラウンド行こうぜ」

そう言うと、二つの頭は見えなくなる。

見つかるかと一瞬ヒヤヒヤしたのに、普通に無視されて少しがっかりする。

そこから降りると金網は、がちゃりと嫌な音をたて、その音を消すように今度はそこへ背を預け、もたれかかった。

(……いつでも、受身なのよね。あたしは)

受身なくせにめちゃくちゃわがままで、愛が欲しいのに、利己的にしか好きになれない。

自分が嫌いな人間が、何かを無償に愛せるはずなんてないのに…。

それでも、愛したい。



父と母は公務員。

絵に描いたような平和な家庭であたしは育った。

平凡なんて大嫌い。

口ではそういいつつ、本当は平和な生活に憧れているんだ。

父と母の娘であるあたしは、結局はそういう生活に収まるのだろうとタカをくくって、
大学なんて行くつもりはないから、青春最後に退屈を脱出しようと井の中でもがいている。



ピーっと高い笛の音で、あたしは我に帰った。

グラウンドを赤いヘルメットと白いヘルメットが走っていた。

遠くて、あたしの知るクリ頭の彼は見つからないと思ったが、赤いヘルメットの一番真ん中に、周りの選手よりも秀でて大きい選手がいる……きっと
彼だ。

ルールは分からない。

けれど、彼が白いヘルメットの選手を倒していく様は圧巻だった。

グラウンドに群がる観客たちも、声をあげる。

(どうして……あんなに一生懸命になれるんだろう)



試合が進むにつれて、選手誰もが、そして観客たちもまた、時を惜しんでいるのが伝わってきた。

引退ともなれば、つのる思いもあるだろう。



(何か一つに一生懸命になるって……、どうやって見つけたんだろう)

あたしにも、今からでも、それが見つけられるのだろうか。






人に尋ねることじゃない……それで解決する問題だとは思わない。

でも、このまま退屈な夏を迎えるよりは、マシだ。

そう。あたしは、再び彼に近づこうと決めた。




ピーっと音が消えるのを惜しむように、高らかに笛が鳴った。





中だるみ気味の第二話終了。
本当はこの回あまり内容がなく、どこかと合体させようかと思っていたのですが、
麗美が試合を目撃していることが、
彼女が栗田さんに興味を持つということで、重要な気がして
入れました。

第三話は引退後のお話になります。





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