性-SAGA-



○第三話 食うって何を?






「見つけた」



一週間探し続けた彼だ。

はやる気持ちを抑えて、ゆっくりと、自然に……



後ろ斜め四十五度から近づいて、差していた傘を彼の方へ。

そのバス亭にいるのは私たちだけだった。

できるだけ優しい声を出すよう努めた。



「濡れちゃいますよ」






あたしとて、百戦錬磨なわけじゃない。

ただ、自分を好みそうな男を知っているだけだ。

声なんてかけるのはあたしの自由で、振り向いた顔が嫌いなら即座に帰ればいいし、振り向かなければまた次を探せばいいだけのこと。



ただ、振り向いたのにあたしを見ようとしない男は初めてだった。




泥門高校への潜入の結果、その彼について分かってこと。

あたしと同じく高校3年。

先日あたしが見たのがアメフト部を「引退」した時だったこと。



潜入調査が難航した理由は、とりあえず目についた男の子たちから情報を聞き出そうとしたことだ。

彼らは、もったいぶるくせに、肝心のこととなると何も知らないのだ。

それにこちらが「アメフト」という言葉を出したとたんに「ヒルマ」だの「悪魔」だの叫んで逃げていく。

……これならおしゃべりそうな女の子たちから聞いた方が手早かったに違いない。



それから彼の近況は、「アメフト辞めてから元気がない」こと。

また、通学に使っているバス停の名だった。




獲物を前にして、過去何回かの敗戦を思い出す。

傷心だという情報もある。

ここは色気よりも優しさをアピールして……今度こそ。

「……風邪引いちゃいますよ?」

あたしが差し出した傘を避けるように、彼は首をふった。

「いいんだ……もう」



こうやって顔をあわせるのは二度目だが、前回よりも彼は小さく見えた。

表情にも力がないし、背中はわざと丸めてるみたいに曲がっている。

「先日は助けてくれてありがとう」

「……うん」

聞いているとは思えない、うつろな声。

というか、あたしがあたしだと分かっているのだろうか?

今日もあたしは泥門の制服を着ている、前回彼に会った時は自分の高校のものだったし……



「最近元気ないってみんな言ってるよ?」

「……アメフト終わっちゃったんだ……もう」

雨が顔に当たるのも気にせずに、彼は空を仰ぎ見た。

空気の重さに耐えられず、あたしは本題を切り出す。

「これから時間ある?」

「……家でアメフトのビデオ見るから」

傘を持つ手がだんだんと、怒りで震えるのが分かった。

こっちは……あなたが来るのを30分もバス停の影で待ってたんですけど!

制服のシャツは雨で張り付いて、下着はともかく桜色のスリップは透けているはず。

いいからとりあえずこっちを見なさい栗田良寛!


「んふふ。……ダメよ。

 何が何でもお礼はさせてもらいますから」


彼の手にムリヤリ傘を握らせると、あたしはちょうど彼の胸元に手をかけ、おもいきり引っ張った。


「おごりますから、なんか食べましょう。ね?」


脅すように叫びながら、彼の巨体を引きずる。

幸いにも、背中で彼が言った言葉は雨音にまぎれてしまった。




雨の中、大きな巨体をひきずって行くには、カフェとかファミレスは遠すぎた。

「らっしゃいっ」

雨を避けるように入ったラーメン屋は、昔からずっとそこにあるような年季が感じられ、初デートにしちゃ、色気も何もないが仕方ない。

店内のいい匂いに反応したか、栗田も顔を上げた。

彼に代わって店の扉を閉める。ここまでくれば、彼とて逃げ出すことはあるまい。



「あ。栗ちゃんじゃないか。

 久しぶりだね〜」

厨房から頭に三角布を巻いた女将さんが出て、彼の名を呼んだ。

そのままカウンターの左から三つ目の席に彼を座らせる。

「いや心配したよ。部活引退してから来ないから」

そう言った厨房の主人に、女将が無言で眼を飛ばす。

偶然に彼を連れ込んだ店は、彼のなじみの店だったらしい。


「あはは。栗ちゃんならいつでも歓迎だよ。

 …ところで今日は友達と一緒かい?」

「カノジョ候補ですっ」

飛び切りの愛想笑いをして、彼の隣の席に座って頬杖をついた。

どうせ彼はあたしのことなんて気にしていないだろうけど。


「あはは。いやすごいね」

リアクションに困り気味の女将さんは、笑ってごまかしていた。


「で、栗ちゃんは、

 いつものでいいかい?」

「……食欲ないんだ」


「えええ!」

「ダメだよ、そんなこと言っちゃ。

 いつもの出すから」

「あ、そっちのお嬢さんは?」

「ラーメンお………」

「……お?」

「………………並みを下さい」


横目でちらりと彼の視線を確認してしまう。

何も言わないから、これが女の子の普通なのだろう。きっと。



何か違う。

今までの男は、二回目から底の浅さが見えてくる感じだった。

だいたいむやみなプライドの高さにうんざりして、すぐに飽きた。

……そういえば、いかにも「いい人」と付き合うのは初めてかもしれないな。



あ。まだ候補だった。




「はい。栗ちゃんには特製でか盛りラーメンセット!」

「お嬢ちゃんはこっちね。

 冷めないうちにどうぞ」



期待してたのかもしれない。

いつもとは違う展開になることを。

……いえ、分かってる。

自分がいつもと違う方向に動こうとしていることを。




「……」

「……栗ちゃん、本当に食欲ないのかい?」

「言いたかないけどよ。

 部活が終わったからって、アメフトがそれで終わりになるわけじゃないだろ?」

「バカ!

 アメフトは今禁句だろ!」



嫌いになったら、ぽい。

飽きたら、ぽい。

次行こ次。

うじうじしてる男は好きじゃない。

けど。

今回は、まだ恋は始まっていない。

彼はきっともっとすごい人だった。

今は、こうやってうなだれているけど。



だってあの時。

かっこよかったじゃない!

それをあたしに魅せてよ。


「……そりゃ無理しないで、残してもいいけどさ」

「あたしが!」

「?」

「あたしが食べます!」

言うや否や彼の前にあったどんぶりを引きずるように取る。

「……お嬢ちゃん!何人前あると思ってんだい」

「そ、そうだよ。それこそ無謀ってもん」



中身が○人前なら、器も大きい。

覗き込むと、あたしの顔が全部映りそうな大きさだ。



「男だったらね!

 しゃきっとしなさい!栗田!」



仕方ない。

彼がうつむいて、あたしを見ないなら。

どうにかしてこっちを向かせるしかない。


それがマイナスイメージだったとしても、

彼があたしを見るならかまわない。



……後悔なんて後でできる。

ラーメンは伸びる。



「……ぷはっ」

「おおおおおお。

 すごい完食!」



柄にもなく、ピースサインを飛ばす。

と、横の彼と目があった。



丸い目……引かれた?

おじけづいて、一瞬あたしは身をひいた。



「……す、すごいね。

 女の子でそんなに食べる子初めて見たよ」


両手をとられて、ぶんぶんと振り回される……彼なりの握手なのだろうか。

力をこめればすぐに振りほどけそうだった。

彼はやぱり少しつらそうだった。

けれど、

彼は目を細くして笑ってくれていた。


「君、名前は?」

「…………レミ」


あたしは、取っておきの名前を名乗った。




妄想もココまで来たかという感じですが。
栗田さんに癒され、レミで欲求不満解消?
アニメのアイシーもう終わりなんですね。
相棒も鹿も最終回だし……
ロスタイムライフはそういや犬飼さんじゃなくなってた、主審が。
ちょっとがっくり。


えっと……最初にこれ四話っていいましたっけ?
……もうちょっと続きそうです、いつもいつも長くてスイマセン。




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