Bar Musasi 4
>WAKA
「ななな、なんでそこで蛭魔さんが出て…」
とっさに大きくなってしまった声に自分で驚いた。
驚いたのは自分だけではなかったようで、サヤちゃんは顔を硬直させたまま思いっきり引いている。
今日の私の立ち振る舞いは、及第点をあげられたと思ったのに……。
今ので、サヤちゃんの私に対するイメージが「なんか突然うるさい女」になったらどうするんですか!
ムサシさんに文句の一つも口にしたいところだが、それはそれで大人げない気がして言葉を飲み込む。
その彼を睨むように見ると、にんまりと意地の悪い笑みを浮かべている。
そして、ムサシさんは思いついたように、サヤちゃんの方に向き直った。
「ヒルマってのは……」
小指を立ててムサシさんは言う。
「こいつのコレだ」
反射的に私は親指を立てて突き出した。
「彼氏です!」
狭い店内で無意味な叫びがこだまするのを聞きながら、…ああ、私に対する印象に「そしてアホ」がプラスされたと思った。
「……ち、ち、違くて…男の人ですよっていうのを、私は言いたかっただけで……
口がすべったっていうか……」
時すでに遅し。
きっと訂正しようとすればするほど、泥沼に沈んでいく…
サヤちゃんの固く閉じた唇は震えていて、明らかに笑いを堪えている様子だった。
彼女はちらりと素直に笑い声をたてるムサシさんに視線を送り、少し安心した様子を見せた。
思ってもみなかった方法だけど、私一人の犠牲で場が和んでいるならいいか。
私におにぎりを出した時、サヤちゃんは目を見開いたまま青ざめてしまって、その後はずっと下をむいたままだった。
……だいたいムサシさんは鈍感すぎる。
あの様子だと、どうせ「特別に」なんて言って前回サヤちゃんに出したのだろう。
それなら、私におにぎりなんて出すべきじゃなかったのに……蛭魔さんに言われたとしても。
…っていうか、何故蛭魔さんが私におにぎりを?
と、とにかくこの失態はムサシさんに口止めしておかなきゃ…特に蛭魔さんには絶対にバレないように。
「俺が誰のナンだって?」
背後から聞き覚えのある声がかけられたにもかかわらず、私は振り返らなかった。
現実逃避するように、カウンターテーブルに顔を伏せる。
「コレだと」
「そーか、コレか」
見なくても分かる…二人は親指立てて私をからかっているに違いない。
聞きなれた靴音は私のすぐ右で立ち止まり、椅子に座る音が聞こえた。
まだ顔を伏せたままでも、視界の隅に少しだけ金色が入る。
「……あの…ヒルマ…さん…ですか?」
サヤちゃんの問いかけに、彼らより先に答えるべく、私はがばりと体を起こした……が。
『そう。こいつのコレだ』
テノールとバスみたいにハモった二人に先を越される。
今度はばっちりと親指を立てている姿を見てしまった。
…サヤちゃんまで、そんな前フリひどい。
勿論無意識だろうけど。
今度こそ、サヤちゃんはクスクスと楽しそうに笑っていた。
ダシにされたとはいえ、なんだか変な満足感があって、私もつられて笑ってしまった。
「こちら、蛭魔さん。見た目怖そうに見えるけど、中身も怖いです…けど、無駄に噛んだりしないから大丈夫ですよ」
できるだけサヤちゃんが怖がらないように、けれど嘘は含まずにそう紹介した。
蛭魔さんは頬杖ついたままこちらを一瞥しただけで、すぐにカウンター向かいのムサシさんに視線を戻した。
蛭魔さんとサヤちゃんに挟まれて、私はこの場を和ませなきゃいけない。
金髪ツンツンにピアスに鋭い目つき。
いくらなんでも初対面では強すぎるインパクトに、きっと怯えているサヤちゃんを励ます言葉を捜す。
「…………」
しかし彼女は下を向くどころか、視線すら逸らさずに蛭魔さんを眺めていた。
(……え。な、なんで?)
確認するようにサヤちゃんの視線の先を追う。
触れたくなるような金色、整った顔立ちに意思の強そうな瞳。
細見だけれど、頬杖ついている腕は力強さが現れていて……。
「わー!」
「…なんだいきなり」
「そ、そろそろ帰ります。…ね?蛭魔さん?」
「……ケケケ」
「じゃ。これお勘定、サヤちゃんのも」
「……あ、あの」
「今回1回っきりだから、ね?」
「……で、でも……」
「じゃーまたーーー!」
>MUSASHI
「……嵐みてぇだったな」
「……う、うん」
今だ、店の中には勢いよく閉まった扉と辰巳和華の声の余韻があった。
突然去っていった台風に、俺もサヤも意識を持っていかれている。
「何か、かけるか?」
店の雰囲気を取り戻そうと、俺はCDプレイヤーのスイッチを押した。
サヤの気を引きたかったのもあるのかもしれない。
流れ始めた曲に興味を示した彼女に、空のCDケースを渡す。
やはり遠慮がちに受け取った。
「……あ、Old Systemのギターの……」
小さくつづやいた声は俺に向かって発したものではない。
あの真っ直ぐな視線は俺に向けられなかった。
>HIRUMA
「……ふぅ」
さっきまでの威勢はどこへやら、小さなため息つきながら辰巳和華の足取りは重かった。
「……飲み足りないですね。
蛭魔さんまだ時間あります?」
「帰るんじゃなかったのか?」
「…………」
「何を焦ってたんだ?」
「…………」
>MUSASHI
「さっき…」
しまった、と思ったときには声に出していた。
「……?」
俺の途切れた声に反応して、サヤが顔を上げる。
カウンター越しに目が合う…けれどすぐに彼女は目をそらした。
視線ははずしたけれど、彼女が俺の言葉の続きを待っていることは分かった。
なんでもないと言えるほど大人じゃねえ。
面と向かってそれを聞けるほども、大人でもねぇ。
―ヒルマの事は、真っ直ぐ見てたな―
俺は卑怯かもしれない。
「……ヒルマの外見、驚かなかったか?」
サヤは少しだけ表情を緩めたのが分かって、俺は質問を後悔した。
>HIRUMA
「見とれてたんだもん。……サヤちゃん」
「……俺に似た知り合いでもいるんだろ」
「それ冗談ですよね?」
「なにせ平凡な顔だからなァー」
「……」
「……」
「……これってヤキモチですかね?」
「それを俺に聞くのか?」
「……」
「そーだ」
「…………そうですか」
和華は盛大にため息をついた。
>MUSASHI
「ピアス……かわいかったから」
一瞬サヤが誰のことを言っているのか分からなくなった。
「だ、誰の?」
「……あの、人の」
あの蛭魔を捕まえて、ピアスがかわいいだと?
「怖くねーのか?……その…」
「バンド、みんなあんな感じだから」
「……バンド?」
「うん。
……あのね…」
サヤは幸せそうに頷いて、初めて自分から話し始めた。
>HIRUMA
「……蛭魔さんこそ、どうしてここに?」
質問をごまかすように、和華は月明かりの下で大きく伸びをした。
人通りもまばらとはいえ、彼女が公の場でこんなことをするのは珍しい。
「最近、顔見てねーから」
「……」
「今日のメール、絵文字が少なかった」
「……ええ!そんなはずは!」
盛大にリアクションしてから、彼女は眉をひそめて黙りこんだ。
ため息とともに力を抜いて、和華は月に向かって話す。
「忙しいと思ったんです」
「……」
「邪魔しちゃいけないと思って」
「……」
「でも何となく、寂しくて。
蛭魔さんの気配を求めて、ムサシさんのとこまで来ちゃいました」
首を少し傾け、おどけて言う彼女はいつもの辰巳和華だった。
「……バカだな」
「はい」
率直に言った感想に怯むことなく、彼女は素直にうなづいた。
「やっぱホンモノが一番です!」
というわけで主役は蛭魔さん?
初彼氏宣言にヤキモチと、
最終的にどこが主役か分からないストーリーになってしまいました。
が、とにかく。Bar Musashiはもうちょっと続く……はず。
気長にお付き合いいただければ嬉しいです
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