性-SAGA-



○第五話 魔法の呪文



「ヒルマはね、最高のQBなんだ」


空に広がる星をバックに、瞳を輝かせながら栗ちゃんは言った。

七月の生ぬるい風が、歩くたびに肌の露出した部分を撫ぜていく。

今日は、それをなぜか「優しい風」だと感じる自分がいた。




「すっごく頭が良くてね。

 ボクじゃとても思いつかない作戦をいくつも考えて、それを実現させちゃうんだ!」


一人で帰らせるのは危ないと言ったのは、彼のパパだった。

……どう危ないかは聞かなかったけれど。


「ヒルマは脅迫手帳っていうのを持ってて、いろんな人の秘密が書いてあるんだよ。

 それで、脅したりして悪いうわさもあるんだけど」

「ふ〜ん」


彼の家を出てから、ウワサの『ヒルマ』君の話が続いている。

それでも、笑顔の彼を見ているのは悪い気がしなかった。


「……一つ聞いてもいい?」

「な、なに?」

「ヒルマって女じゃないよね!?」

「!」


「あ、男なんだ」


あたしはわざと遠回りな道を選んで歩いた。

少しでも長く、彼といられるように。


「でも男だからって、安心できるって訳じゃないのよね」

「……レミちゃん!」


そうやって、あたしをたしなめる時の彼が好きだ。

全然迫力のない声も、表情も。

ヒルマがどんな奴だろうと、あたしは栗ちゃんが好きだ。




建設中のマンションの横を通り過ぎようとした時、突然たくさんの靴音が響いた。

気配に振り向くと、あたし達を取り囲むように5人の男たちが立っていた。


「……久しぶりだな」

「そうね」


その中には見慣れた顔…元カレの恭司の姿があった。

偶然会った、という雰囲気じゃない……あたしたちの後をつけていたのだろう。


「オレからそのデブに乗り換えたってのは本当だったみたいだな」

「ええ。いい男なのよ」


世間話をしに来たわけではないだろう。

恨まれる覚えは……まあ、ある。



憎んでいる相手が幸せになろうとするのは、一番気に食わないこと。

おそらく恭司は壊しに来たのだ。




「……レ、レミちゃん……知り合い?」

動揺した彼が少しだけあたしの方に寄ってくる。

「栗ちゃんも一度会ってるじゃ……

 ま、あたしのことも忘れてたもんね。

 ……恭司だけ覚えてたら逆に嫌かも」


「で?

 何の用なの?」

先を急がせるあたしの言葉が、恭司をニヤリとさせた。

……遅かれ早かれ、いつかはこういう展開が来ることは分かっていた。

「おい、そこのデブ。

 この女がどういう女か分かってんのか?」

散々持て遊んだ罰だ……その中の誰かがあたしを崩壊させようとするのは、当然の事。


ただ、栗ちゃんを巻き込むことは許さない。

せっかく一歩を踏み出そうとしている、あたしと違って目標がある人。




「この女はなぁ

 誰にでも足を開くんだよ」


栗ちゃんから不安げな視線を感じるが、あたしは気づかないフリをした。

弁解する気はなかった。

栗ちゃんがあたしを知るのも、去るのも当然の権利だ。


「そ、そんなこと!」

栗ちゃんが否定の言葉を口にすると、恭司はポケットから携帯を取り出す。

それを開くと、こちらに画面を見せた。


……


携帯の画面には、体を見せびらかしている裸の女が一人。



「どうだ?レミの表情は?」


黙ったまま、硬直しているらしい栗ちゃんに変わって、まあ、悪くないと思うけど、と
心の中で感想を言う。


「……ああ、声も聞かせてやらないとな」

一度携帯を手元に戻した恭司は、何かボタンを押すとまたこちらに画面を向けた。



「××××」

声とともに画面の中の女も動く。




「レミちゃんをいじめるなぁ」

視界の隅にいたはずの栗ちゃんが、一瞬目を離した隙に消えていた。

視線を恭司に戻そうとする中、あたしは再び全てがスローモーションのように見えた。

初めて出会ったときのように。



恭司めがけて突っ込んで行った彼は、左腕を伸ばして恭司の持つ携帯を叩いた。

恭司は半ば飛ばされるように後ろにいた彼の仲間二人も巻き込んで倒れた。



「レミちゃんは、レミちゃんは、ほんとはほんとは……」

「栗ちゃん!」

感情のままに、再び体当たりに移行しようとしていた彼を制する。


「お、落ち着いて。

 っていうか合成だから、ほら?」

言うなり携帯を見やったが、……すぐに確認が不可能なことが分かった。

携帯のモニターはすでに中の部品をぶちまけていた。


「それに……声が違うでしょ?

 今朝も聞いたじゃない!」


「!!!」


栗ちゃんを含む男たちが目を丸くして一斉にこちらを見る。

……唯一真実を知る栗ちゃんは顔を赤くしていた。



「顔は確かにあたしだけど。

 体は、『刈られた子羊たち』の香川リサ……でしょ?」


やっとのことで体を起こした恭司がうなづいた。

やはり結構な衝撃だったみたいだ。


「……もう一緒にしないでしょね?

 あたしのが綺麗な体してるでしょ!」


「し、知らないよ!」

あたしは極めて自然を装って、まだ顔を赤くしてる栗ちゃんに近づいた。

彼にだけ聞こえるように囁く。


(栗ちゃん先に行って)


すぐに、え?というように栗ちゃんが振り向く。



(3人が座りこんでる、今がチャンスよ。

 あたしもすぐ逃げるから。ほら、あの角のコンビニで待ち合わせ?)

(で、でも)

なおもしぶる彼を、あたしは追い立てる。


(栗ちゃん足遅いから追いつかれるでしょ!

 ほら、早く!)


強い口調で彼の背中を押すと、

一瞬背中越しにこちらを向いて、

そのままずたずたと彼は走り去った。





「……」

勿論追いかけるものはいない。

当たり前だ。彼らの目的はあたしなのだから。


「アイツを逃がしたのか」

「別に。警察よばれて傷害なんて困ると思っただけ」

テメーがそういうことを言うな、というように恭司はあたしを睨むつける。


「それで、テメーは助かると思ってんのか?」

勿論思ってない。

恭司の狙いは最初からあたしへの復讐なのだから。



放り出していた鞄からタバコを出し、火をつける。

落ち着いて見せたかったから、それから落ち着きたかったから。


「……で、何?

 あたしをマワして復讐って話?

 別に一人一人お相手してもいいけど?」



「……その余裕面が気に入らねぇ。

 ……さっきはバレちまったが、

 お前をマワしてるマジな映像見たら、あのデブどう思うんだろうな?」


「……ふ〜ん」

そう来たか……確かにそれは避けたい。


恭司、それから1、2、3、4、……全部で5人。




振り切って逃げられるか……ちょっと自信がない。

……恭司には言っておきたいこともある。

それにここで時間を食っていると、心配した栗ちゃんが戻ってこないとも限らない。

そこで警察なんて呼ばれたら、最悪だ。




どうしようか、と考える頭に、あの万能の名前を思い出した。

「……ヒルマ」



「…ひぃっ」


五人並んだ両端の二人が小さく反応するのを、あたしは見逃さなかった。



……よし、

「あたし今、ヒルマのセフレなのよね………」


「な!」

「…マジで?」


「……彼、独占欲強いから困るのよね」



「ハッタリだろ!

 ……その名前出せば、こっちが怯むとでも……」


「…あら。教えてあげようか?

 彼の精子の味」

あたしは、いやらしく舌の先を覗かせた。


「んだよ恭司!

 タダで女とやれるっていうから来たんだぞ」

「…あの男が関わってるとわかった以上、オレは手をひく」

「……んなにコエーのかよ、ヒルマって」

「ば。名前を呼ぶな!どこで聞いてるか分かったもんじゃ」



「なんだよ。テメーら待てよ」


恭司は、散らばるように逃げていく男たちを止めようとしたが、

逆に走り去る彼らに突き飛ばされた。




「くそっ」

悪態つきながら、身を起こそうとする恭司に、あたしは手を差し出す。

「……」

「………」

飛び出しナイフくらいは覚悟していたが、恭司はあっさりとあたしの手をとった。


「………もっとやり方があったでしょ?

 あたしを破滅させたいなら」



「……さぁな。何がしたかったか分からなくなっちまった」

「……あたしじゃなくて、もっといい女を探しなよ。

 もっとコントロールしやすい……」



「言われなくてもそうするっつうの」


砂ほこりを払うしぐさをして、恭司は去っていった。




これで、恭司が栗ちゃんに何かしようとすることはないだろう。

……とはいえ、また第2、第3の恭司がいつ現れるか分からない。

自分の巻いたタネとはいえ、その度にこんなことを続けなければならないのだろうか。

また、あの万能の名前にお世話になるのだろうか。


悪い考えを振り払うように頭を振る。

とにかく、栗ちゃんが待っている。早く待ち合わせ場所のコンビニに……


「誰が誰の何を知ってるって?」

「……!」


突然後ろを取られて、振り向くと、金髪の細見の男が立っていた。

頭から足先まで一通り目をやる、と鋭い目で睨まれた。

間違いない。


「……もしかしてヒルマ?」

「呼び捨てすんな糞女」

ピアスを揺らしながら彼が言った。

顔、バランス、しぐさ、声…………うん、紛れも無くイイ男の部類に入る。

「あらごめんなさい」

口先だけで謝っていることが見抜かれたのか、それが元々彼のスタイルなのか、再び鋭い目が向けられる。


「…………今日は助かりましたっ。ヒルマさん」

わざとらしくお辞儀をして、あたしは彼に背中を向けた。

イイ男だけど関係ない、あたしが好きになったのは栗ちゃんだ。


「おいテメー」

「レミ!」


不意にあだ名を名乗ったのは、彼に対する恩からか、イイ男だからか……。

どこから取り出したのか、片手ででっかい銃を構えると、あたしに銃口をあわせる。



「糞デブに何かあったら承知しねぇ」


栗ちゃんがヒルマを慕うのが少し分かった気がした。

そして、きっとヒルマもあたしも……栗ちゃんを思う気持ちは同じなのだろう、と。



「……あたしだって、そうよ!」






作中に登場するAV女優ならびにAVも勿論ふぃくしょんです。

つーかどんなビデオ?見てみたい?見てみたい?


えっと、レミシリーズは完結でございます。


また番外編のように、ムサシさんと栗田さんの取り合いして欲しいですが。

どこかで書くかもしれません。

ほとんど思いつくまま本能のままに書きちらした物を最後まで読んでいただき光栄です。

突拍子もない18禁ヒロインにお付き合いいただきありがとうございました。





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