原作沿い3






秘密主義の白秋メンバーが出入りしているという、目立たない出入り口に和華は一人で立っていた。


(大丈夫、カメラの撮影範囲も把握した)




彼女にとって表情を殺すことなど簡単で、笑顔は得意中の得意だ。

でも、和華は今の自分の顔は見たくないと思った。




自分がこんな行動に出ていることに、彼女は驚いていた。



冷たい狂気…氷の刃のような気持ちは過去にも持ったことがある。


洋子が……自分の代わりに攻撃対象になろうとした時、普段あれだけ失うのを怖がっている評判や自分の印象……それらはどうでもいいことに格
下げられた。


「もし、何かしたら……」


その時和華を支配したのが冷たい狂気で、彼女の持てうる全ての力を使って宣戦布告した。

結局、その脅しに屈した彼らは、「和華」という人物についての新しい噂を流したが、負け犬の遠吠え…誰も信用することなく噂は立ち消えた。



興奮する気持ちを抑えるように、無意識に口の中を噛んでいてた。

少しでも油断すれば、口の中の肉を噛み切りそうだった。


(今は……ダメ。

 我慢)


やがてスタジアムの奥から響く足音に、和華は顔を上げた。

白秋のバスは出入り口に横付けされており、西部との試合を終えた選手たちが順々に乗り込んでいく。

チャンスは、ターゲットが乗り込むまでの短い間だ。


(来た)


ほとんど最後尾に、まわりの選手よりも一際大きな体を持つ彼が現れた。

その姿は見るものに野生の獣をイメージさせる。


峨王……力也。


今日聞いたばかりのその名前を、和華は心中で繰り返し……

笑顔を更に色濃くさせて、彼に近づいていく。




「……」


無意味に笑顔を作り、

峨王が不快に感じるであろう、近すぎる距離まで詰め寄った。



「誰だ、お前」


彼の言葉には、予想通りに怒りが含まれている。


「こんにちわ」


彼の反応などお構いなしに、和華は握手を求めるように右手を出した。

強引に彼の右手を取り、添えるように自らは左手も差し出す……そぶり。


和華は、目の色が変わるのが分かった……

それを合図とするように、一瞬の後、



握っていた右手で彼の手首をとらえ、左手で彼の手首を逆に折り曲げようと体中の力をそこに篭めた。


(……くっ)


それが無駄な行為だと分かったのは、彼が何の反応もしなかったからだ。

和華の渾身の力も、ある一定以上は受け付けられず、手首はびくともしない。



峨王は、折れないという絶対の自信があるのか、そのまま右手だけの力で、和華を振り払おうとした。


(もはやこれまで)


力では叶わないと理解した彼女は振りほどかれる前に、左手を離し、

抑えている右手首を支点に、自分の体を思いっきり彼に引き寄せ


彼の胸あたりに右足を突っ張ったかと思うと。


そこを起点に、大袈裟に飛んだ。

峨王の目の前で吹っ飛んだように、カメラにはそう見えるように。

歯で口の中を噛みつつ、受身は取らずに、結果、和華はアスファルトに叩きつけられた。



その衝撃で、彼女は自らの歯で口の中を噛み切っていた。

口の端から、血が滴りおちていく……それも、全てはビデオカメラに……



カメラの視野を気にするように顔を上げると、彼女を見下ろす峨王と目があった。


「女……何の真似だ」


目の前の異常な光景に、眉を跳ね上げた彼……。


(殺される……)


直感的にそう感じた。力で踏み潰される、と。

それならば話は早い…と和華は口の端を上げて笑った。





「はいはいSTOP〜」


緊張する空気を一層するように現れた男の存在に、和華は半分身を起こした。

少しくせのある黒髪に、日本人離れした顔立ち……細くて、高い背、男には珍しい長いまつげ。


「泥門の顧問センセイがお出ましかと思ったら、何の演技っちゅう話だよ」


白秋のQB、マルコ。

上から見下ろされ、自分が何者なのか告げられた瞬間、和華に悪寒が走った。


「悪いけど、あっちは回収させてもらったよ」


和華は急ぎ身を起こし、ビデオカメラのあるべき位置を見る。

TV局のカメラマンと話している者……それが白秋のマネージャーだと知り、和華の表情に絶望が浮かんだ。

自分を囮に暴力内容をテープに収める……その目論見が外れたことを意味していた。


「そういう訳だから、手出すな…っちゅう話」

マルコは、和華を見ることなく、峨王に言った。

もはや自分など相手にされていない、と和華は思う。

先ほどまで勝利を確信していたことも、口の中に溢れる血の味も、ひどく恥ずかしくて、憎かった。



何故立ち向かおうとしたのか、かなうはずなどないのに。

抵抗する気力もなく、和華は立ち上がることもできずに彼女はアスファルトの冷たさを直に感じていた。


「……あの男の命令か?」


あの男……そう言われてすぐに蛭魔の名前が浮かぶ。


和華は自分がここに来た目的…彼を傷つけることを防ぐためだと思い出した。

彼らに害が及ぶなんて、……考えもしなかったことを今さら悔やむ。



「ち、違う。違う、違う」

彼に、彼らに迷惑をかけることなどあってはならない。


必死に否定し、首を振る彼女に、疑うような鋭い視線が向けられる。


「……いやあの御方は、大事な試合の前にこんな危険は橋は渡らねえよ。

 一歩間違えばそっちが出場停止。諸刃の剣っちゅう話だよ」


痛い事実をストレートに突き刺され、再び絶望に沈みそうな気持ちを彼女は必死にとどまらせる。


「………蛭魔さんに何かあったら、許しません」

負け犬みたいだ、と思いながらも和華は言った。


少しでも、彼を守る手助けができるなら。

自分がどれだけ恥をかいたっていい、傷ついてもかまわない。


その思いだけが唯一彼女を支えていた。


「やられる前から復讐か」


その支えを揺るがすように、峨王の低い低い声が響く。


「自分のチームメンバーも信頼できないとは愚かだ」


「ち、違う。私は……」


峨王は視線を逸らそうとするのを許さず、太い指が彼女の顎をとらえ押さえつける。


「そうだろう、貴様の目には蛭魔妖一が俺にぶち殺される光景が映っている」


じっと峨王の目を見つめると、彼の瞳には、自分の顔まで映っているのが見えた。

和華は耐え切れずに峨王の手を振り払う。

自分が情けない表情をしていることは分かっていた……それを他人に晒しているということより、自分がデビルバッツを信用していない、そういわれ
たことがショックだった。


逃げるように、和華は無意識に後ずさりする。


「そんなんじゃ、そんなんじゃない」

否定する言葉を続ければ続けるほど、彼女の中で気持ちが揺らいでいく。


そして、ついに自分の言葉からも逃げるように、走りだした。



初白秋メンバーおめでとう!
全然キャラつかめてなくて、ごめんなさい〜。

3人称もどき、も久しぶりで混乱してます。

和華の強さを意識していたんですが、
意外とすぐに弱さも出てくることに驚きました。

紙一重ということでしょうか。

阿含に対しては、「悪」に立ち向かい、
今回は「蛭魔を守りたいと思う自分」が立ち向かった。

お。なんとなく進展?

次回は蛭魔さん登場です。


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