原作沿い5 後編




目を覚ますと、一番会いたくて、同時に会いたくない人がいた。

好きな人の前では一番綺麗にしていたいと女の子たちは言うけど、私はいつだって一番最悪な姿をみせている。



「信頼してないんだろう」

峨王君が言った言葉が、頭のなかでそのコトバがエコーみたいに響いて………でも決して小さくなってはくれない。


そんなことない。そんなことない。


自分が否定すればするほど、疑惑はどんどん膨らんでいく。



「ごめ……なさい」

自分が何に謝っているのか分からなかった。

デビルバッツを信用していない……ことを謝ったのか…それとも。


「俺はあいつとは違う」


彼がそう言った意味が受け取れない。



「俺は死にに、いくんじゃねえ

………勝ちに行く」


心の中まで見透かされたようだった。

私は、きっとどこかで蛭魔さんが死んでしまうことを想像していたんだ。


………時夜みたいに。だから…止めたかった。


私は本当にわがままだ。

彼には怪我なんてして欲しくなくて……でも彼が一番好きなものは格闘球技アメフト。


朝子は愛することすら許されなかった。

時夜は生すら捨てなければならなかった。




今の私の幸せをかみ締めるように、ゆっくりとうなづくと頬を伝うものがあった。


「白秋戦は、くんな」


あんまり優しい声で言うから、また涙がこぼれる。


「どーせ、その顔じゃ外歩けねぇだろ」


ええ。無理です。

あなた以外には見せられません。



「いい機会じゃねえか。一般教養勉強しやがれ」


ぽたぽたと零れる涙は自分のものじゃないみたいで、シーツに広がる染みを見ていた。


「……その方が、いい」


あなたに迷惑はかけたくない。

でも……私は…



「信じ…てない わけじゃ……ないで……す」


「わかってる」


ひどく安っぽいいい訳みたいに言ったのに、彼はすぐに受け入れてくれた。



「ひ……るま……さ……」



「好きだ」



その言葉の響きを、なんと言えばいいのだろう。

……贅沢。


今の私には全くふさわしくない、贅沢な言葉。


それでも、その響きを消したくなくて、私は呼吸すら止めた。

贅沢な沈黙の、永遠を願った。



お願い、何も言わないで。

この時がずっと続くように。




「……なんて言ったら、満足か?」



願いは、彼が冗談めかして笑ってあっさりと破られたけれど、私はどこかほっとしていた。


「十分です」


……そう、今の私にはそのくらいの冗談で十分に満足だ。


「……あ、り……」


言いたかった御礼の言葉は、最後まで声にならなかった。

やすらかな満足感に引き込まれるように、私はもう一度眠りに落ちていった。








ここは、ひどく穏やかな場所だった。

「涼子さんが、何か必要なものはないか聞いていたよ」

室内のカーテンを開きながら、由さんが言った。

彼の着ている白衣と、草木色のカーテンはとてもお似合いだ。

私が微笑むと、安心したように由さんも笑う。

私が入院してから数日……私はもう微笑むことができるし、口内の傷も塞がっていた。

ただ、白秋戦が終わるまでは、私はここから出してもらえない。

横のカウンターテーブルのスケジュール帳を開く。

…普段はありの大群のように埋まっているそれらが、私が入院した日以来空欄が目立つようになった。

『13:00試合開始』

そこから目をそむけるように必死で他の予定を探した。



「プレゼントを3つお願いしていいですか?

 今週誕生日の友達に、退院したらすぐにあげたいんです」

いいながら私はペンをとった。

前々から考えていたプレゼント……その中でも涼子さんに買い揃えやすいものを書いていく。


「分かった。渡しておくよ」

そう……私には伝えることができない。

金属板の上から、由さんは注射を一つ選んだ。


「……約束だからね」

傷ついた目をしている。

……私のせいだ。

「はい、分かってます。……今は……眠ります」

「…5、6時間かな……その時に結果は出ているから」


白秋戦が終わるまで、私はここから出られない。

なぜなら決して目覚めることはないから。



けれど、……決めていたことがある。

万が一、目が覚めたのなら。


それは、彼が呼んでいるんじゃないかって。

そして、私はどこか確信していたのだ。


だから、瞳を閉じる前に「ごめんなさい」と言った。










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