想像はしない。
……結果がそこにあるだけだ。 担架で運ばれた西部のQBはフィールドに戻ってくることはなく、 試合が経過するとともに一人、また一人と選手が退場していった。 一人、甲斐谷陸が最後までフィールドに立っていたのは、次に白秋と戦う俺たちに道を示していたように見えた。 俺は、試合終了までフィールドにいられるのだろうか。 ……それよりももっと重要なことは、勝利だ。 次勝てばクリスマスボウル。 (俺が、動揺を見せるわけにはいかねぇ) 普段通りに振舞うことは、簡単だ。 問題ない。 「……電波の届かないところか、電源が…」 だが、つながらない携帯は一瞬俺の表情を凍りつかせた。 そして、やっと既に事が起こった後だと気づいたのだ。 間違いであって欲しいと思いながら、その病院の門をくぐった。 待合室では子供らで繁盛しており、およそ病院らしからぬ快活さで溢れている。 受付で「辰巳和華」と「由弥」の名を出すと、あっさりと奥へ通され、予感が的中していたことが分かった。 診察と診察の合間に由弥に呼ばれた。 彼の表情にはいつもの薄ら笑いなどなく、ただただ俺を攻めるように目を細めた。 「薬で眠っているよ。 タクシーを拾ってここまで来たらしい……そういうギブアップの仕方は初めてだよ。彼女は」 「……隣の部屋か?」 和華のために空けられている部屋があることは聞いていた。 沈黙を続ける由弥は諦め、自分で探すという意思表示に診察室を出ようとする。 「ずいぶん錯乱していたから!」 ドアに手をかけようとした瞬間、突然叫ぶような声を聞いた。 振り返り、大声をとがめるように見やると、それを恥じるように続ける。 「……強い薬だ。3時間は目覚めないよ」 「かまわねぇ」 ベージュ色のカーテンに四方を囲まれて、和華は眠っていた。 左手は袖が捲くられ、点滴の針を入れられている。 手帳……彼女の行動の全てが書かれているそれを見る。 『1時〜西部対白秋戦』 次々に悪い予想が当たって、事実となり積み重なっていく。 だから、なんだってんだ。 あの試合を見たからって…コイツはどうして。 物音を立てたつもりはない…しかし、彼女は目を開いた。 「……」 薬が効いているのだろう、ひどく虚ろな目で俺を見つめた。 「……蛭……魔さ……」 俺を認識した彼女の表情は「見たくない」……そういう目に変わっていった。 普段「見られたくない」とする彼女の反応と違っていた。 今は俺を見たくない、そう告げているようだった。 ひどい顔だ。 右の頬だけ内側から腫れ上がっているのが分かる。 そっとそこに触れるが、反応はない。 ただ熱を帯びた彼女の頬から、俺の指へと熱が移動していった。 顔の表面が、波に揺れているような危うさ。 どう表情を作ればいいのかわからずに混乱している。 どうして、そんなに弱いくせに闘うのか? 「どうして……」 ふいに彼女の口がそう言ったが、俺に投げかけてはいない気がした。 まるで自分自身に問うているような。 「わた……信じて……る、……でも……好き…なんです」 錯乱するのを押さえ込むように、和華は重く重く語る。 「ごめ……なさい」 「俺はあいつとは違う」 おそらく彼女は俺と『北条時夜』を重ねている。 奴を止めれなかったことを悔いている……現世でも。 「俺は死にに、いくんじゃねえ ………勝ちに行く」 こく、と彼女が小さくうなづくとともに、瞳から大粒の涙がこぼれる。 「白秋戦は、くんな」 こく、とまた彼女はうなづいた。 自分で今の精神状態は十分認識しているはずだ。 「どーせ、その顔じゃ外歩けねぇだろ」 また、うなづいた。 「いい機会じゃねえか。一般教養勉強しやがれ」 また、素直にうなづいて、その度にシーツに染みが増えていく。 「……その方が、いい」 また分かってるとばかりに彼女はうなづいた。 「信じ…てない わけじゃ……ないで……す」 「わかってる」 「ひ……るま……さ……」 「好きだ」 つぶやくように言った言葉に、彼女は決して反応しなかった。 受け入れられることなく、俺の発した言葉が宙に浮いている。 むなしく響いたのは、彼女が求めてはいないからだろうか…… 「……なんて言ったら、満足か?」 沈黙に耐え切れずに、冗談めかして笑った。 彼女は、飽きれたような、残念そうな、そして安心したように表情を緩める。 「十分です」 その複雑な表情をしたまま、ゆがんだ笑顔を浮かべる…… それは、何故かとても自然に見えた。 次へ 後半へ続く。
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