原作沿い4 前編




想像はしない。

……結果がそこにあるだけだ。



担架で運ばれた西部のQBはフィールドに戻ってくることはなく、

試合が経過するとともに一人、また一人と選手が退場していった。

一人、甲斐谷陸が最後までフィールドに立っていたのは、次に白秋と戦う俺たちに道を示していたように見えた。


俺は、試合終了までフィールドにいられるのだろうか。

……それよりももっと重要なことは、勝利だ。


次勝てばクリスマスボウル。



(俺が、動揺を見せるわけにはいかねぇ)


普段通りに振舞うことは、簡単だ。

問題ない。




「……電波の届かないところか、電源が…」



だが、つながらない携帯は一瞬俺の表情を凍りつかせた。


そして、やっと既に事が起こった後だと気づいたのだ。




間違いであって欲しいと思いながら、その病院の門をくぐった。

待合室では子供らで繁盛しており、およそ病院らしからぬ快活さで溢れている。


受付で「辰巳和華」と「由弥」の名を出すと、あっさりと奥へ通され、予感が的中していたことが分かった。


診察と診察の合間に由弥に呼ばれた。

彼の表情にはいつもの薄ら笑いなどなく、ただただ俺を攻めるように目を細めた。


「薬で眠っているよ。

 タクシーを拾ってここまで来たらしい……そういうギブアップの仕方は初めてだよ。彼女は」

「……隣の部屋か?」

和華のために空けられている部屋があることは聞いていた。


沈黙を続ける由弥は諦め、自分で探すという意思表示に診察室を出ようとする。

「ずいぶん錯乱していたから!」

ドアに手をかけようとした瞬間、突然叫ぶような声を聞いた。

振り返り、大声をとがめるように見やると、それを恥じるように続ける。

「……強い薬だ。3時間は目覚めないよ」


「かまわねぇ」





ベージュ色のカーテンに四方を囲まれて、和華は眠っていた。

左手は袖が捲くられ、点滴の針を入れられている。



手帳……彼女の行動の全てが書かれているそれを見る。



『1時〜西部対白秋戦』

次々に悪い予想が当たって、事実となり積み重なっていく。


だから、なんだってんだ。

あの試合を見たからって…コイツはどうして。



物音を立てたつもりはない…しかし、彼女は目を開いた。



「……」

薬が効いているのだろう、ひどく虚ろな目で俺を見つめた。



「……蛭……魔さ……」


俺を認識した彼女の表情は「見たくない」……そういう目に変わっていった。

普段「見られたくない」とする彼女の反応と違っていた。


今は俺を見たくない、そう告げているようだった。



ひどい顔だ。

右の頬だけ内側から腫れ上がっているのが分かる。

そっとそこに触れるが、反応はない。

ただ熱を帯びた彼女の頬から、俺の指へと熱が移動していった。


顔の表面が、波に揺れているような危うさ。

どう表情を作ればいいのかわからずに混乱している。

どうして、そんなに弱いくせに闘うのか?





「どうして……」

ふいに彼女の口がそう言ったが、俺に投げかけてはいない気がした。

まるで自分自身に問うているような。




「わた……信じて……る、……でも……好き…なんです」

錯乱するのを押さえ込むように、和華は重く重く語る。


「ごめ……なさい」


「俺はあいつとは違う」


おそらく彼女は俺と『北条時夜』を重ねている。

奴を止めれなかったことを悔いている……現世でも。




「俺は死にに、いくんじゃねえ

………勝ちに行く」


こく、と彼女が小さくうなづくとともに、瞳から大粒の涙がこぼれる。


「白秋戦は、くんな」


こく、とまた彼女はうなづいた。

自分で今の精神状態は十分認識しているはずだ。





「どーせ、その顔じゃ外歩けねぇだろ」


また、うなづいた。


「いい機会じゃねえか。一般教養勉強しやがれ」


また、素直にうなづいて、その度にシーツに染みが増えていく。


「……その方が、いい」


また分かってるとばかりに彼女はうなづいた。



「信じ…てない わけじゃ……ないで……す」


「わかってる」




「ひ……るま……さ……」


「好きだ」




つぶやくように言った言葉に、彼女は決して反応しなかった。

受け入れられることなく、俺の発した言葉が宙に浮いている。


むなしく響いたのは、彼女が求めてはいないからだろうか……



「……なんて言ったら、満足か?」

沈黙に耐え切れずに、冗談めかして笑った。


彼女は、飽きれたような、残念そうな、そして安心したように表情を緩める。

「十分です」

その複雑な表情をしたまま、ゆがんだ笑顔を浮かべる……

それは、何故かとても自然に見えた。


次へ 後半へ続く。


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